リリット・ユワンパーイ
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『リリット・ユワンパーイ』(ลิลิตยวนพ่าย)はリリット詩形で書かれたアユタヤ王朝・ラーマーティボーディー2世時代(1492年 - 1529年)の定型詩。「ユワン」とは「ユワン族(北タイ族)」のことで「パーイ」とは「敗れる」と言う意味である。アユタヤのトライローカナート王がユワン族の治めるランナータイ王朝(チエンマイ)を討伐し、戦勝を修めたときの様子などが描かれている。
リリット詩形(クローン詩形 (khlong)とラーイ詩形を用いた詩形)とされるが、ラーイ詩形を用いた個所は2節しかなく、その他はすべてクローン詩形で書かれている。作品内ではサンスクリット=パーリ語が多用され、荘厳な雰囲気を出している。一方で、サンスクリット=パーリ語が多用されていることが文章を難解にさせており、古典文学の専門家でもこの文学の研究を避ける傾向にあるといわれる。
著者の名前は不明であるが、戦いの描写が詳細さや前述したように作品内でのサンスクリット=パーリ語の借用語の多用などから、著者はボーロマトライローカナート時代に生きていた人物で且つ非常に教養の高い人物であると考えられており、ラーマーティボーディー2世自身がその著者ではないかと言われることもある。
なお、リリット・ユワンパーイにおける記述はチエンマイ王統史やアユタヤ王統史などにも移入されており、歴史家の間ではアユタヤのラーンナータイ征伐の一次資料として扱われる事もある。


