リューデナウ
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バイエルン州 |
| 行政管区: | ウンターフランケン |
| 郡: | ミルテンベルク郡 |
| 緯度経度: | 北緯49度42分 東経09度10分 |
| 標高: | 海抜 193 m |
| 面積: | 4 km² |
| 人口: |
786人(2011年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 197 人/km² |
| 郵便番号: | 63924 |
| 市外局番: | 09371 |
| ナンバープレート: | MIL |
| 自治体コード: | 09 6 76 153 |
| 行政庁舎の住所: | Rathausstr. 3 63924 Rüdenau |
| ウェブサイト: | www.ruedenau.de |
| 首長: | ウード・ケスマン (Udo Käsmann) |
| 郡内の位置 | |
リューデナウ (Rüdenau) はドイツ連邦共和国バイエルン州ミルテンベルク郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)。クラインホイバッハ行政共同体に属す。
目次 |
地理 [編集]
リューデナウはバイエリシェ・ウンターマイン地方に位置する。リューデナウ地区のみからなる自治体である。
自治体の構成 [編集]
この町は、公式にはリューデナウ集落単独で構成される[2]。
歴史 [編集]
1285年5月3日、騎士ヴィペルト・リュート・フォン・リューデナウはゲンツとヴェックバッハの十分の一税収入をアモールバッハ修道院に寄贈した。この時点までにすでに村は成立していたと思われる。1635年までリュート家が開墾した谷とブドウ山からなるこの村を治めた。
1803年の帝国代表者会議主要決議によってマインツ領だったこの村はライニンゲン侯領となり、1806年にバーデン陪臣領、1810年にヘッセン=ダルムシュタット大公領と変遷し、1816年にフランクフルト・アム・マインで開催されたヘッセン / バイエルン会談で最終的にバイエルン領と定められた。
人口推移 [編集]
1950年までの推移は町の年代記によった。1900年の数値は推測値である。
| 年 | 人口(人) |
|---|---|
| 1792 | 328 |
| 1832 | 432 |
| 1900 | 500 |
| 1939 | 555 |
| 1950 | 646 |
| 1970 | 745 |
| 1987 | 793 |
| 2000 | 868 |
行政 [編集]
町長はウード・ケスマン (FW) である。彼は2002年にルートヴィヒ・ハイルマン (FW) の後任として町長に就任した。
紋章 [編集]
リューデナウの紋章にはスパイクの付いた首輪をした猟犬が描かれている。さらに村の泉を表す波線と首切り刀がある。これは昔有していた裁判権(さらには絞首台もあった)を意味している。
見所 [編集]
- 聖オッティリーン教会
- オッティリーンの泉
引用 [編集]
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