リベラーチェ

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リベラーチェ
リベラーチェ(1983年)
リベラーチェ(1983年)
基本情報
出生名 Wladziu Valentino Liberace
出生 1919年5月16日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ウィスコンシン州
死没 1987年2月4日(満67歳没)
ジャンル クラシック
ポピュラー
職業 ピアニスト
音楽家
俳優
担当楽器 ピアノ

リベラーチェLiberace 本名:Wladziu Valentino Liberace、 1919年5月16日 - 1987年2月4日)は、アメリカ合衆国ピアニスト、エンターテイナー。派手なコスチュームプレイで大衆の人気を博し、「世界が恋したピアニスト」と呼ばれた。

目次

[編集] プロフィール

[編集] 生い立ち

ウィスコンシン州ウェスト・アリスに住むポーランド系アメリカ人の音楽一家に生まれ、幼少時からクラシックピアノのレッスンを受けた。わずか7歳の時には大ピアニストとして知られるイグナツィ・パデレフスキに演奏を絶賛されたという。

[編集] テレビ出演

長じてポピュラー音楽の分野に転じ、1950年代に当時普及し出したテレビに出演番組を持ち人気を得る。その後ネバダ州ラスベガスで定期的にショーを開催するようになる。

その音楽的傾向はクラシックからポップスジャズまで幅広かったが、全体としてはアメリカの一般大衆に受け入れやすい通俗的なセミクラシック、ムード音楽、イージーリスニング系のピアニストというのが実態である。

[編集] 芸風

リベラーチェ(1974年)
リベラーチェの衣装
リベラーチェ博物館

リベラーチェを有名にしたのはそのピアノの演奏だけでなく、豪華で派手な衣装と派手なステージ、そしてインタビュー番組やバラエティ番組でのぞかせる気さくで社交的な人柄であった。

特にその衣装は世界的に有名で、極端に立った襟を持つ金ぴかの上着に、孔雀の羽をふんだんに使ったキッチュな衣装は、その後エルヴィス・プレスリーエルトン・ジョンなどのリベラーチェと親交のあったスーパースターに大きな影響を与えた。

またライブステージの演出も、衣装同様過剰なオーバーデコレーションで、白いピアノや古風な燭台、あげくは噴水まで駆使して派手なステージを作り上げた。

[編集] 悪趣味の代名詞

おかげでアメリカでは1960年代以降、「派手(で下品)な悪趣味」の代名詞としてしばしばリベラーチェが引き合いに出されたほどである。このためインテリ層からは眉をひそめられる存在であったが、メディアの影響を受けやすい一般大衆からはその華やかさで広く人気を得た。とはいえそのピアノのテクニックも評価が高く、エルヴィス・プレスリーは「リベラーチェの音楽的才能を深く尊敬している」と生前に語っている。

リベラーチェ本人もステージ・プレイの一環として「悪趣味」は自覚していたようで、1968年のバッド・テイストな映画『ラブド・ワン The Loved One』(トニー・リチャードソン監督)では、派手な棺桶を愛想良くセールスする葬儀社員という、セルフ・パロディ風の悪趣味な役を怪演した。

[編集] 私生活

派手な衣装と同じくらい派手な私生活で知られており、様々なパーティーの常連でもあり、その為に1950年代よりアメリカやイギリスの大衆向けゴシップ誌の常連であった。

また、若いときより同性愛者であり、そのことは1970年代には周知の事実となったが、その事実を死の直前までひた隠しにし、その事実を報道したゴシップ誌や元恋人と何度かトラブルを起こしており、訴訟沙汰になることも多かった。

[編集] 死去

1987年にカリフォルニア州・パームスプリングの自宅で死去した。67歳。死因はエイズであった。生前の衣装やキャディラックメルセデス・ベンツ、ブラドレー・GTなどの特注の愛車、ピアノは現在ラスベガスにある博物館に展示されている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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