リトアニア鉄道
リトアニア鉄道(リトアニア語: Lietuvos Geležinkeliai、略称: LG)はリトアニア国有の鉄道会社である。1860年に最初の路線が開通し、今の会社は1919年に開業している。本社はヴィリニュス。リトアニア国内全ての路線の運行を行う。
リトアニア鉄道の幹線は1749 kmの広軌で、うち122 kmが電化されている。同様に22 kmが標準軌である。179 kmが狭軌で2001年にASG社(Aukštaitijos Siaurasis Geležinkelis)に分離され、そのうち68 kmは今でも使用されている。
2006年のリトアニア鉄道の乗客数は620万人で貨物輸送量は5000万トン。主要な貨物は石油である。[1]
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歴史 [編集]
1851年、ロシア帝国政府はサンクトペテルブルクからワルシャワ間に鉄道を敷設することを決めた。路線はサンクトペテルブルクからダウガフピルス、ヴィリニュス、カウナス、ヴィルバリスといった都市を通りワルシャワへと続き、1858年に建設を開始、1860年に完了した。1915年にドイツ軍がリトアニアを占領すると、こうした鉄道網はドイツ軍の食料と武器輸送に利用された。1918年にリトアニアは独立を回復、翌年ドイツはリトアニア政府と協定を結び鉄道資産を譲渡した。
第一次世界大戦後、リトアニア鉄道はより細かな鉄道網を作り上げていった。1923年にクライペダ地域がリトアニアに編入され、クライペダ港はリトアニア鉄道システムの一部となった。1940年、ソビエト連邦がリトアニアを占領、鉄道事業は再編された。またリトアニアと他の国との間で結ばれた協定はすべて破棄された。1941年、ナチスがリトアニアを占領し、鉄道網は広軌から標準軌へと変更された。しかし1944年にはソ連によって再び広軌へと戻されている。ソ連時代、バルト三国におけるすべての鉄道事業はリガで運営されていた。1991年、バルト三国が独立すると、鉄道事業は再びそれぞれの会社に分割された。[2]
車両 [編集]
- 貨物用機関車:171輌
- 旅客用機関車:17輌
- 入換機:89輌
- 気動車:58輌
- 電車:17輌
脚注 [編集]
- ^ Railway Operators in Lithuania railfaneurope.net
- ^ The History Pages of Lithuanian Railways
外部リンク [編集]
- リトアニア鉄道ホームページ
- リトアニア鉄道 - randburg.com
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