リチャード・デービス

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リチャード・デービス
Richard Dick Davis
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国カリフォルニア州
生年月日 1953年9月25日(55歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5cm
195 lb =約88.5kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 一塁手外野手
初出場 1977年MLB)、
1984年NPB
最終出場 1988年
経歴(括弧内は在籍年)

リチャード・デービスRichard Dick Davis , 1953年9月25日 - )は、1980年代中盤に活躍した元プロ野球選手

目次

[編集] 来歴・人物

スノー大学からミルウォーキー・ブルワーズに入団。1979年にはMLBで12本塁打を放つ。その後、フィリーズパイレーツブルージェイズと渡り歩き、1984年シーズン途中に近鉄バファローズに入団した。背番号は15

1984年のシーズン当初、近鉄には大物メジャーリーガーとして鳴り物入りで入団したドン・マネーがいた。しかしそれまでの実績に見合わぬ球団側の冷遇などがあり、シーズン途中の5月7日に突然退団してしまう。この事態に近鉄が急遽獲得したのがマーク・コーリーとデービスであった。デービスは78試合で18本塁打を放って四番に定着。陽気な性格で人気を集めた。

1985年には三冠王落合博満ロッテ)の影に隠れたものの、打率.343、40本塁打、109打点と落合がいなければ三冠王を獲得するほどの活躍を見せ、前年の三冠王ブーマー・ウェルズ阪急)を抑えてベストナインに選出されている。

1986年6月13日、対西武戦で東尾修から死球を受けて激昂、マウンドに走り寄り東尾を殴打した。たまたまその試合が、当時のパ・リーグの試合としては珍しく全国中継されていたこともあって事件の影響は大きく、デービス10日間の出場停止処分となった。だが、選手間には東尾の内角攻め・死球の多さについての批判が多く、暴力は許せないとしながらもデービスに同情する見解もあった。デービス自身も「自分の行動は悪いと思わない」と語り反省の態度を示さなかった[1]

1988年6月7日に大麻不法所持で逮捕。7日間の支配下選手登録抹消を経て、27日に解雇となった[1]。大麻は自宅で栽培したものだという。後年、同僚だった金村義明がテレビ出演し、同僚選手の趣味について披露(暴露)した際に、「野茂(英雄)ファミコン、や吉井(理人)ギター、それから、デービスは大麻を栽培していました。いや、ホンマですよ」と話して笑いを誘っていたが、実際に自宅で大麻を栽培していたことが明らかにされた。なお、この事件で主砲を失った近鉄が急遽獲得したのが、中日の2軍でくすぶっていたラルフ・ブライアントである。

[編集] 年度別打撃成績

  • 日本
年度 チーム

試合 打数 得点 安打 二塁
三塁
本塁
塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死
三振 打率(順位)
1984年 近鉄 15 78 287 42 89 16 0 18 159 45 0 0 4 24 28 .310
1985年 128 472 88 162 22 0 40 304 109 1 0 3 59 52 .343(2)
1986年 122 451 83 152 25 0 36 285 97 3 0 3 58 57 .337(3)
1987年 91 341 44 115 15 0 16 178 49 2 0 2 42 39 .337
1988年 42 152 16 46 6 0 7 73 22 2 0 4 13 19 .303
通算成績 461 1703 273 564 84 0 117 999 322 8 0 16 196 195 .331
  • メジャー:403試合 打率.265、27本塁打、141打点

[編集] タイトル・表彰・記録

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 雑誌「週刊ベースボール」(ベースボールマガジン社刊)2008年6月16日号108ページ『おんりい・いえすたでい』

[編集] 外部リンク

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