リチャード・カーワン

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リチャード・カーワン

リチャード・カーワンRichard Kirwan1733年 - 1812年6月)はアイルランド科学者である。化学鉱物学地質学気象学の分野を研究し、地球の年齢に関するジェイムズ・ハットンの論争相手であったことなどで知られる。

フランスで学んでいたが、兄が決闘によって死んだためにアイルランドに戻り、裕福な家を継いだ。法律家になったが、科学研究に専念しロンドンに出て、主に分析化学の分野で、様々な化合物比重親和力の研究で1782年に王立協会からコプリメダルを受賞した。先立つ1780年にはフェローに選出されている[1]。1787年にダブリンに移り、4年後アイルランド科学アカデミーの総裁になった。気象学、化学、地質学、電磁気学神学の分野で多くの論文を執筆した。

最後のフロギストン説の信奉者の一人であり、健康に関する奇妙な強迫観念にとらわれていた学者として『天才博士の奇妙な日常』(クリフォード・A.ピックオーヴァー著)でとりあげられた。

出典[編集]

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  1. ^ Kirwan; Richard (1733 - 1812)” (英語). Library and Archive catalogue. The Royal Society. 2011年12月11日閲覧。