リシャール・デタンプ

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エタンプ伯リシャール

リシャール・デタンプRichard d'Étampes, 1395年 - 1438年6月2日)は、フランスブルターニュ公国公爵家の一員。リシャール・ド・モンフォールRichard de Montfort)、リシャール・ド・ブルターニュRichard de Bretagne)とも呼ばれる。ヴェルテュ伯、ブノン伯、マント伯およびエタンプ伯。

ブルターニュ公ジャン4世とその3番目の妻でナバラ王シャルル2世の娘であるジャンヌの間の第8子、四男として生まれた[1]。1423年、オルレアン公ルイの娘で又従妹にあたるマルグリット・ドルレアンと結婚し、間に7人の子女をもうけた。

この結婚に伴い、妻の従兄にあたるフランス王シャルル7世によりエタンプ伯に叙せられた。しかし当時は百年戦争中で、エタンプ伯領はシャルル7世の陣営と敵対するブルゴーニュ公フィリップ・ル・ボンの占領下にあったため、伯爵位は名目上のものであった。またエタンプ伯領はブルゴーニュ公の従弟ジャン・ド・ブルゴーニュが相続権を主張していた。エタンプ伯領は1435年にようやくリシャールに譲渡された。1438年、クリッソン城Château de Clisson)にて没した。

脚注[編集]

  1. ^ Miroslav Marek (2004年1月30日). “Richard, Cte de Vertus-en-Champagne, de Benon, d'Etampes et de Mantes,(capet16:F4.)”. genealogy.euweb.. 2013年1月1日閲覧。

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