リアリズム法学

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リアリズム法学(- ほうがく)とは、20世紀の前葉にアメリカ大陸北欧諸国で興った法社会学の学派の一つ。裁判官は決して法令の一字一句を厳密に検討して判決を下しているのではなく、そのため現実の訴訟の動きに注目することが重要だとの学理を有する。また、司法や立法が人間によって営まれる以上、法は決して完璧な存在ではありえず、そこには必ず過ちや気まぐれが入り込むという世界観を提唱する。前者を提唱したのは、アメリカ合衆国の裁判官であったオリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアen:Oliver Wendell Holmes, Jr.)であり、後者の側面を強調したのは、同じくアメリカ合衆国の裁判官であったジェローム・フランクen:Jerome Frank)である。また、スカンディナヴィア半島の国々では(en:Axel Hägerström)の影響の下、独自の発展を遂げた。

学説[編集]

リアリズム法学を奉じる全ての学者に共通の見解は多くない。とはいえ、おおむね以下のような思想が共有されている。

  1. 裁判官は法令や判例の文言に忠実に従って判決を下すのではない。判決が下るまでのプロセスは機械的なものではなく、裁判官の有する個人的な嗜好や偏見が大幅に入り込んでいる。そのため、客観的には同じような事件であっても、裁判官のその日の気分により、正反対の判決が出ることがある。主唱者の一人であるフランクは、「訴訟の行方は裁判官が朝に何を食べたかで決まる」という、この理論を簡潔かつ的確に表す名言を遺している。
  2. 法学者は研究に社会学の視点を取り入れ、法の文面だけではなく、法の現実の運用を調査すべきである。従来から尊重されてきた法解釈学は、現実の法がどのように運用されているかを知るには無益である。法学は学際的でなければならない。
  3. 裁判官はまず直感によって判決の行方を決め、法文は自説の正当化のために後付けの根拠として援用する。法文を演繹して結論を出すのではない。
  4. 法とは特定の目的を達成するための手段に過ぎない。法は国民が盲目的に服従するものではなく、様々な局面に応じて柔軟に変化する。
  5. 裁判官は立法者が望んだ通りに法を解釈するのではない。裁判官自身が望む通りに法を解釈する。

リアリズム法学は、条文化・判例化された法と現実の法を峻別し、後者のみを本質的な研究の対象とする。また、いかなる法が素晴らしいかという理想ではなく、いかなる法が真に実存しているかという現実の面に着目する。そのため、学派にリアリズム(現実主義)の名が与えられている。リアリズム法学を奉じる学者の幾人かは、しばしば裁判官の中立性や公正性への不信を示す。他方で、主唱者のホームズをはじめ、「現実を法に合わせるのでなく、法を現実に合わせるべき」として、裁判官による柔軟な解釈を奨励もしくは歓迎する立場もある。

歴史[編集]

リアリズム法学が盛んに研究されたのは1920年代から1940年代である。第二次世界大戦を境に、リアリズム法学の影響力は衰えていった。1950年代には、裁判官の恣意性や独善性を強調するリアリズム法学に変わって、手続法の重要性を主張するリーガルプロセス学派(en:Legal Process School、日本語ではプロセス法学とも)が主流となる。1980年代からは司法積極主義が勢力を伸張し、ホームズの唱えるプラグマティズム法学的な価値観が復活した。フランクらが蓄積した、裁判官の公正性とはフィクションに過ぎないという知見は、1990年代から影響力を漸増してきた批判法学en:Critical Legal Studies)に継承されている。また、裁判官は法の条文に拘束されていないという発想は、リチャード・アレン・ポズナーらによる法と経済学の誕生に繋がった。

関連項目[編集]