ラン・ラン

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ラン・ラン
2008年3月撮影}
2008年3月撮影
基本情報
出生 1982年6月14日(32歳)
出身地 中華人民共和国の旗 中国遼寧省瀋陽
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ
レーベル ソニー・ミュージック・エンタテインメント
公式サイト [1]

ラン・ランLang Lang中国語郎朗〕, 1982年6月14日 - )は、中国遼寧省瀋陽出身のピアニスト満族

略歴[編集]

5歳で瀋陽ピアノ・コンクールに優勝して最初のリサイタルを開く。北京中央音楽学院に9歳で入学し、12歳で、ドイツで開かれた第4回エトリンゲン青少年ピアノ・コンクールで最優秀賞および技能賞を獲得。1995年、13歳のときに北京でショパン練習曲の全曲演奏を行う。同年、仙台市で開催された第2回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールに出場してショパンの《ピアノ協奏曲 第2番》を演奏した。彼の伝記によれば第2番だが、CDのライナーノーツにある彼のインタビューによれば第1番を演奏したとのことである[1]。そして見事優勝し、その模様は当時NHKよりテレビ放映された。同コンクールの2位は、後にモスクワのチャイコフスキー国際コンクールで優勝した上原彩子であった。14歳になると、江沢民国家主席も列席した、中国国立交響楽団の処女演奏会に出演。翌1997年に渡米し、フィラデルフィアカーティス音楽院ゲイリー・グラフマンに師事した。このことから、ヨゼフ・ホフマンホロヴィッツの孫弟子にあたる。

1999年、17歳のとき突破口が訪れる。ラヴィニア音楽祭のガラ・コンサートで、急病のアンドレ・ワッツの代理として、チャイコフスキーの《ピアノ協奏曲 第1番》を、クリストフ・エッシェンバッハ指揮するシカゴ交響楽団と共演。これがシカゴ・トリビューン紙によって、将来の嘱望される何年かに一人の逸材と評価された。2001年ユーリ・テミルカーノフとの共演によるカーネギー・ホールのデビュー演奏会でチケットは売り切れとなった。同年、フィラデルフィア管弦楽団北京に演奏旅行を行い、BBCプロムスへのデビューは絶賛され、タイムズ紙上で「ロイヤル・アルバート・ホールのチケットは売り切れとなり、ランランは聴衆を席巻した」と報じられた。2003年にプロムスの初日に再出演し、レナード・スラットキンと共演した。

2002年夏に、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭におけるレナード・バーンスタイン賞の最初の受賞者となった。2004年に、サイモン・ラトルの指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演し、2万3千人の聴衆を集め、この演奏風景は国際的にテレビ放映された。

2008年北京五輪開会式での演奏

2008年8月8日、北京オリンピックの開会式において、中国の作曲家・葉小綱の協奏曲を演奏した。2010年より、ベルリンフィルのレジデンスピアニストとしての出演が決定している。

ラン・ランの自伝は中国全土でベストセラーを記録している。テラーク・レーベルドイツ・グラモフォンを経て、2010年よりソニー・ミュージック・エンタテインメントと専属契約し、2010年8月に「ラン・ラン ライヴ・イン・ウィーン」を移籍後第一弾としてCDリリース。続いて、10月に発売されたBlu-ray Disc版には、クラシック・アーティスト初となる3D映像がボーナスコンテンツとして収録されている。 ユニセフ親善大使にも任命されている。また、グランツーリスモ5のオープニングの前半の演奏も担当している。

得意とするレパートリーは、チャイコフスキーショパンのほかに、ラフマニノフがあり、生演奏ではアンコールに中国民謡を好んで弾いている。

近年は、ダニエル・バレンボイムに本格的に師事していて、アルトゥール・ルービンシュタインがバレンボイムに伝授したルバート奏法などを教わっている。

ボストン交響楽団ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団クリーヴランド管弦楽団デトロイト交響楽団ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団サンフランシスコ交響楽団ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団パリ管弦楽団、香港フィルハーモニー管弦楽団、シドニー交響楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団など、世界の主要なオーケストラと共演を続けている。

これまで共演してきた指揮者は、ダニエル・バレンボイムシャルル・デュトワ、クリストフ・エッシェンバッハ、ヴァレリー・ゲルギエフマリス・ヤンソンスジェイムズ・レヴァインロリン・マゼールズービン・メータサイモン・ラトルヴォルフガング・サヴァリッシュユーリ・テミルカーノフマイケル・ティルソン=トーマスフランツ・ウェルザー=メスト小澤征爾など。

脚注[編集]

  1. ^ 2009年9月20日にこの時の映像がNHKで放映されたが演奏しているのは第2番である。

外部リンク[編集]