ランボー・フィールド
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| ランボー・フィールド "The Frozen Tundra / Titletown USA" |
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|---|---|
| 施設情報 | |
| 所在地 | 54304ウィスコンシン州グリーンベイLombardi Avenue1265 |
| 起工 | 1956年 |
| 開場 | 1957年9月29日 |
| 所有者 | グリーンベイ市&Green Bay/Brown County Professional Football Stadium District |
| 運用者 | グリーンベイ・パッカーズ |
| グラウンド | 天然芝 |
| 建設費 | 96万ドル(建設時) |
| 設計者 | Somerville Associates |
| 旧称 | |
| シティ・スタジアム (1957–64) | |
| 使用チーム、大会 | |
| グリーンベイ・パッカーズ(開場~現在) | |
| 収容能力 | |
| 73,128人 | |
ランボー・フィールドはウィスコンシン州グリーンベイにある球技場。
概要 [編集]
1957年にシティ・スタジアムとしてこけら落とし。1964年に現在の名称になった。ランボーはパッカーズ創設者カーリー・ランボーから取った。開場当初からNFLのグリーンベイ・パッカーズの本拠地として使用されている。2003年には大規模な改修工事を行い、現在の収容人数は73,128名となった。 スタジアムそのものの規模・設備はスーパーボウルが開催する基準を満たしているが、グリーンベイ市の規模や寒冷地の屋外競技場である点がネックとなりいまだ開催経験が無い。
1967年12月31日、1967年NFLチャンピオンシップゲーム(別名アイスボウル)が氷点下25度の寒さの中で行われた。これはNFLの試合で最も低い気温の中で行われた試合である。この試合では芝を暖めるヒーターも故障した。この試合が名将ヴィンス・ロンバルディがランボー・フィールドで指揮した最後の試合となった。
1993年12月26日に行われたパッカーズとロサンゼルス・レイダーズ戦でファンブルリターンタッチダウンをあげたリロイ・バトラーが観客席に飛び込んだ。これが「ランボー・リープ」の始まりとなった[1]。
2009年11月1日にはパッカーズで16シーズン不動のエースQBとして活躍したブレット・ファーヴに対してランボー・フィールドのファンはブーイングで迎え撃ったが試合はファーヴの活躍でミネソタ・バイキングスが38-26でパッカーズを破った[2]。
脚注 [編集]
- ^ “パッカーズ本拠地の名物“ランボー・リープ”が生まれて15年”. NFL JAPAN (2008年12月27日). 2011年2月7日閲覧。
- ^ “ファーブ、古巣への凱旋試合で4TDの大暴れ!”. NFL JAPAN (2009年11月2日). 2011年2月7日閲覧。
外部サイト [編集]
- 公式サイト (英語)
| 前本拠地: シティ・スタジアム 1925 - 1956 |
グリーンベイ・パッカーズの本拠地 1957 - |
次本拠地: - |
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