ラリー・ペイジ
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ローレンス・エドワード・ラリー・ペイジ
Lawrence Edward Larry Page |
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| 生誕 | 1973年3月26日(38歳) |
| 国籍 | |
| 職業 | 社長 |
ローレンス・エドワード・“ラリー”・ペイジ(Lawrence Edward "Larry" Page, 1973年3月26日 - )は、Googleの創業者、製品部門担当社長。2011年4月4日付で、最高経営責任者(CEO)に就任。ファミリーネームについてはページとの表記もある。
2009年時点で120億ドルの純資産を有し[1]、自家用ボーイング767で世界中を飛び回っている[2]。
[編集] 経歴
アメリカ合衆国・ミシガン州ランシング生まれ。祖父は、ゼネラルモーターズの工場労働者。父は、ミシガン州立大学(Michigan State University)計算機科学・人工知能教授のカール・ビクター・ペイジ[3][4]。母はユダヤ人のグロリア・ペイジで、彼女もミシガン州立大学でコンピュータプログラミングの教師をしている[4]。兄のカール・ビクター・ペイジ・ジュニアは、メーリングリストサービスeGroupsの設立者で、後にYahoo!へ売却して財をなした[4][5]。
6歳の頃からコンピュータを触り始める。ミシガン大学で計算機工学を専攻し、1995年に工学士号を取得。在学時には、レゴブロックを使用してインクジェットプリンターを組み立てたこともある[3]。卒業後、スタンフォード大学計算機科学の博士課程に進学し、テリー・ウィノグラードの指導の下、ウェブのリンク構造、人間とコンピュータの相互作用、検索エンジン、情報アクセスインタフェースの拡張性、個人的なデータのデータマイニング手法などを研究。
在学中、同じくスタンフォード大学計算機科学の博士課程に在籍していたセルゲイ・ブリンと出会い、The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine(大規模なハイパーテキスト的なウェブ検索エンジンに関する解剖)と題された論文を共著で執筆した。修士号を取得した後スタンフォード大学を休学し[3]、1998年にGoogle社を共同設立。論文は、ページランク技術(ペイジは、彼の姓に由来)に取り入れられることになった。従業員200人程度の規模になった2001年4月頃まで最高経営責任者を務め、同年7月に最高経営責任者職をエリック・シュミットに譲った。
ミシガン大学工学部の国家諮問委員も務めている。2002年、世界経済フォーラムにてGlobal Leader for Tomorrow(未来のグローバルリーダー)に指名される。2003年には、スペインのIE ビジネススクールから名誉MBAを授与された[6]。2004年には全米技術アカデミーの会員に選出され、2005年からはエックスプライズ財団の理事も務めている[3]。
[編集] 脚注
- ^ “#26 Larry Page - The World's Billionaires 2009”. フォーブス (2009年3月11日). 2009年6月17日閲覧。
- ^ “Googleの教祖、ラリー・ページ氏とは”. livedoor ニュース (2006年1月24日). 2007年2月16日閲覧。
- ^ a b c d “Google 会社情報: 経営陣”. Google. 2007年2月16日閲覧。
- ^ a b c “Larry Page Biography”. Academy of Achievement (2007年3月21日). 2009年6月17日閲覧。
- ^ Jelveh, Zubin. “Top Excutive Profiles - Larry Page” (英語). Portfolio.com. 2007年6月13日閲覧。
- ^ “Larry Page and Sergey Brin, the founders of Google, awarded MBAs Honoris Causa by Instituto de Empresa” (英語). IE ビジネススクール (2003年9月25日). 2009年6月17日閲覧。
[編集] 外部リンク
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