ラリー・ペイジ

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ラリー・ペイジ

ローレンス・エドワード・“ラリー”・ペイジ(Lawrence Edward "Larry" Page, 1973年3月26日 - )はGoogleの創業者、製品部門担当社長。ファミリーネームについてはページとの表記もある。

2009年時点で120億ドルの純資産を有し[1]、自家用ボーイング767で世界中を飛び回っている[2]

[編集] 経歴

アメリカ合衆国ミシガン州ランシング生まれ。父はミシガン州立大学計算機科学人工知能教授のカール・ビクター・ペイジ[3][4]。母はユダヤ人のグロリア・ペイジで、彼女もミシガン州立大学でコンピュータプログラミングの教師をしている[4]。兄のカール・ビクター・ペイジ・ジュニアはメーリングリストサービス eGroups の設立者で、後に Yahoo! へ売却して財をなした[4][5]

6歳の頃からコンピュータを触り始める。ミシガン大学計算機工学を専攻し、1995年に工学士号を取得。在学時にはレゴブロックを使用してインクジェットプリンターを組み立てたこともある[3]。卒業後、スタンフォード大学計算機科学の博士課程に進学し、テリー・ウィノグラードの指導の下、ウェブのリンク構造、人間とコンピュータの相互作用、検索エンジン、情報アクセスインタフェースの拡張性、個人的なデータのデータマイニング手法などを研究。

在学中、同じくスタンフォード大学計算機科学の博士課程に在籍していたセルゲイ・ブリンと出会い、The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine(大規模なハイパーテキスト的な Web 検索エンジンに関する解剖)と題された論文を共著で執筆した。修士号を取得した後スタンフォード大学を休学し[3]1998年に Google 社を共同設立。論文は PageRank 技術(Page は彼のファミリーネームに由来)に取り入れられることになった。従業員200人程度の規模になった2001年4月頃まで最高経営責任者を務め、同年7月に最高経営責任者職をエリック・シュミットに譲った。

ミシガン大学工学部の国家諮問委員も務めている。2002年世界経済フォーラムにて Global Leader for Tomorrow(未来のグローバルリーダー)に指名される。2003年にはスペインIE ビジネススクールから名誉MBAを授与された[6]2004年には全米技術アカデミーの会員に選出され、2005年からはエックスプライズ財団の理事も務めている[3]

[編集] 脚注

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  1. ^ "#26 Larry Page - The World's Billionaires 2009". フォーブス (2009年3月11日). 2009年6月17日 閲覧。
  2. ^ "Googleの教祖、ラリー・ページ氏とは". livedoor ニュース (2006-01-24). 2007年2月16日 閲覧。
  3. ^ a b c d "Google 会社情報: 経営陣". Google. 2007年2月16日 閲覧。
  4. ^ a b c "Larry Page Biography". Academy of Achievement (2007年3月21日). 2009年6月17日 閲覧。
  5. ^ Jelveh, Zubin. "Top Excutive Profiles - Larry Page" (英語). Portfolio.com. 2007年6月13日 閲覧。
  6. ^ "Larry Page and Sergey Brin, the founders of Google, awarded MBAs Honoris Causa by Instituto de Empresa" (英語). IE ビジネススクール (2003年9月25日). 2009年6月17日 閲覧。

[編集] 外部リンク