ラプラス作用素

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

数学におけるラプラス作用素(ラプラスさようそ、: Laplace operator)あるいはラプラシアン: Laplacian)はユークリッド空間上の函数勾配発散として与えられる微分作用素である。記号では ∇·∇, ∇2, ∆ などで表されるのがふつう。函数 f の点 p におけるラプラシアン f(p) は(次元に依存する定数の違いを除いて)点 p を中心とする球面を半径が増大するように動かすときの f(p) から得られる平均値になっている。直交座標系においては、ラプラシアンは各独立変数に関する函数の二階(非混合)偏導函数の和として与えられ、またほかに円筒座標系球座標系などの座興系においても有用な表示を持つ。

ラプラス作用素の名称は、天体力学の研究に同作用素を最初に用いたフランス人数学者のピエール=シモン・ド・ラプラス (1749–1827) に因み、同作用素は与えられた重力ポテンシャルに適用するとき質量密度の定数倍を与える。現在ではラプラス方程式と呼ばれる方程式 の解は調和函数とも呼ばれ、自由空間において可能な重力場を表現するものである。

微分方程式においてラプラス作用素は(電気ポテンシャル重力ポテンシャル流体拡散方程式波の伝搬量子力学といった)多くの物理現象を記述するのに現れる。ラプラシアンは、函数の勾配フロー流束密度を表す。

定義[編集]

ラプラス作用素はn-次元ユークリッド空間上の函数 f勾配 ƒ発散 ∇· として定義される二階の微分作用素である。つまり、ƒ二回微分可能実数値函数英語版ならば ƒ のラプラシアンは

\Delta f = \nabla^2 f = \nabla \cdot \nabla f

 

 

 

 

(1)

で定義される。ただし、あとの記法は形式的に \nabla = \left ( \frac{\partial}{\partial x_1} , \ldots , \frac{\partial}{\partial x_n} \right ) と書いたものである。あるいは同じことだが、ƒ のラプラシアンは直交座標系 xi における非混合二階偏導函数の全てに亘る和

\Delta f = \sum_{i=1}^n \frac {\partial^2 f}{\partial x^2_i}

 

 

 

 

(2)

としても書ける。二階の微分作用素として、ラプラス作用素はCk-級函数を Ck−2-級の函数へ写す (k ≥ 2)。つまり、式 1 (あるいは同値な 2) は作用素 ∆: Ck(Rn) → Ck−2(Rn) を定める。あるいはより一般に任意の開集合 Ω に対して作用素 ∆: Ck(Ω) → Ck−2(Ω) を定める。

動機付ける例[編集]

拡散[編集]

拡散物理理論において、ラプラス作用素は(ラプラス方程式を通じて)平衡の数学的記述に自然に現れる[1]。具体的に、u が化学濃度のような適当な量の平衡密度であるとき、u の滑らかな境界を持つ領域 V を通る流束が、V に流入も漏出も無いとすれば、0 であるから

\int_{\partial V} \nabla u \cdot \mathbf{n}\, dS = 0

と書ける。ただし、n は領域 V の境界に対して外側を向く単位法ベクトルである。発散定理により

\int_V \operatorname{div} \nabla u\, dV = \int_{\partial V} \nabla u \cdot \mathbf{n}\, dS = 0

は領域 V が滑らかな境界を持つ限りにおいて成り立つから、これにより

\operatorname{div} \nabla u = \Delta u = 0

が導かれる。方程式の左辺はラプラス作用素である。ラプラス作用素それ自身は拡散方程式によって記述されるような、科学密度の流入や漏出を表す点を含む非平衡拡散に対する物理的解釈を持つ。

ポテンシャルに付随する密度[編集]

φ電荷分布 q に付随した電位を記述するものとすると、電荷分布自身は φ のラプラシアンとして

q = \Delta\varphi.\,

 

 

 

 

(1)

で与えられる。これはガウスの法則の帰結である。実際、V が任意の滑らかな領域ならば、電場 E の電束に関するガウスの法則により、(単位当たりの)電荷は

\int_{\partial V} \mathbf{E}\cdot \mathbf{n}\, dS = \int_{\partial V} \nabla\varphi\cdot \mathbf{n}\, dS = \int_V q\,dV

になる。ただし、最初の等号は静電場は静電位の勾配に等しいという事実を用いた。発散定理により、

\int_V \Delta\varphi\,dV = \int_V q\, dV

が成り立ち、これは任意の領域 V に対して成り立つことから (1) を得る。

同じ説明によて、重力ポテンシャルのラプラシアンが質量分布となることが導かれる。電荷や質量の分布が与えられていてそれらに付随するポテンシャルは未知ということはよくあることである。適当な境界条件の下でポテンシャル函数を求めるということは、ポワソン方程式を解くことに同じである。

エネルギー最小化[編集]

物理学においてラプラス作用素が現れる別な理由は、領域 U における方程式 f = 0 の解はディリクレエネルギー汎函数停留させる函数

 E(f) = \frac{1}{2} \int_U \Vert \nabla f \Vert^2 \,dx

となることである。これを見るために f: UR は函数で、函数 u: URU の境界上で消えていると仮定する。このとき


 \frac{d}{d\varepsilon}\Big|_{\varepsilon = 0} E(f+\varepsilon u) 
= \int_U \nabla f \cdot \nabla u \, dx
= -\int_U u \Delta f\, dx

が成り立つ(ただし、最後の等号はグリーンの第一恒等式英語版を用いた)。この計算により、f = 0 ならば Ef の周りで停留する。逆に Ef の周りで停留するならば変分法の基本補題英語版 により f = 0 である。

各種座標表示[編集]

二次元[編集]

二次元のラプラス作用素は x, yxy-平面上の標準直交座標として

\Delta f = \frac{\partial^2f}{\partial x^2} + \frac{\partial^2 f}{\partial y^2}

で与えられる。

極座標
\begin{align}
 \Delta f 
&= {1 \over r} {\partial \over \partial r}
  \left( r {\partial f \over \partial r} \right) 
+ {1 \over r^2} {\partial^2 f \over \partial \theta^2}\\
&= {1 \over r} {\partial f \over \partial r} 
+ {\partial^2 f \over \partial r^2}
+ {1 \over r^2} {\partial^2 f \over \partial \theta^2}
.
\end{align}

三次元[編集]

三次元では様々な座標系がラプラシアンを記述するために広く用いられる。

直交座標系

\Delta f = \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} + \frac{\partial^2 f}{\partial y^2} + \frac{\partial^2 f}{\partial z^2}.
円筒座標系
 \Delta f 
= {1 \over \rho} {\partial \over \partial \rho}
  \left(\rho {\partial f \over \partial \rho} \right) 
+ {1 \over \rho^2} {\partial^2 f \over \partial \varphi^2}
+ {\partial^2 f \over \partial z^2 }.
球面座標系
 \Delta f 
= {1 \over r^2} {\partial \over \partial r}
  \left(r^2 {\partial f \over \partial r} \right) 
+ {1 \over r^2 \sin \theta} {\partial \over \partial \theta}
  \left(\sin \theta {\partial f \over \partial \theta} \right) 
+ {1 \over r^2 \sin^2 \theta} {\partial^2 f \over \partial \varphi^2}.
一般の曲線座標系英語版 (\xi^1, \xi^2, \xi^3)
\nabla^2 = \nabla \xi^m \cdot \nabla \xi^n {\partial^2 \over \partial \xi^m \partial \xi^n} + \nabla^2 \xi^m {\partial \over \partial \xi^m },
ここでアインシュタインの和の規約を用いた。

N 次元[編集]

N-次元球座標系において、r を正の実数をとる半径、θ単位球面 SN−1 の元として、パラメータ表示 をすれば

 \Delta f
= \frac{\partial^2 f}{\partial r^2}
+ \frac{N-1}{r} \frac{\partial f}{\partial r}
+ \frac{1}{r^2} \Delta_{S^{N-1}} f

と書ける。ただし、SN−1 は球ラプラシアンとも呼ばれる (N−1)-次元球面上のラプラス=ベルトラミ作用素である。二つの球対称微分項は

\frac{1}{r^{N-1}} \frac{\partial}{\partial r} \Bigl(r^{N-1} \frac{\partial f}{\partial r} \Bigr)

と書いても同じことである。一つの帰結として、SN−1RN 上で定義される函数の球ラプラシアンは RN ∖ {0} へ延長した函数の通常のラプラシアンとして計算することができて、それは半直線に沿って定数(つまり、斉零次の斉次函数)になる。

スペクトル論[編集]

ラプラス作用素のスペクトルは、対応する固有函数 ƒ

-\Delta f = \lambda f

を満たすようにできる固有値 λ の全てからなる。上の式はヘルムホルツ方程式と呼ばれるものである。 ΩRn の有界領域とすれば、ラプラス作用素の固有函数全体はヒルベルト空間 L2(Ω)正規直交基底を成す。この結果は本質的にはコンパクト自己随伴作用素に関するスペクトル定理をラプラス作用素の逆作用素(これはポワンカレ不等式英語版およびコンドラコフ埋蔵定理英語版によってコンパクト)に適用することにより従う[2]。固有函数が無限回微分可能函数であることも示せる[3]。この結果はより一般に、任意の境界付きコンパクトリーマン多様体上のラプラス=ベルトラム作用素について成り立ち、また実際に、有界領域上滑らかな係数を持つ任意の楕円型作用素に対するディリクレ固有値問題についても正しい。Ωn-次元球面英語版であるときの、ラプラス作用素の固有函数は球面調和函数と呼ばれる。

一般化[編集]

ラプラス=ベルトラミ作用素[編集]

ラプラス作用素の概念は、リーマン多様体上で定義されたラプラス=ベルトラミ作用素英語版と呼ばれる楕円型作用素に一般化することができる。同様にダランベール作用素は擬リーマン多様体上の双曲型作用素に一般化される。ラプラス=ベルトラミ作用素を函数に適用すれば、その函数のヘッセ行列トレース

\Delta f = \mathrm{tr}(H(f))

が得られる。ただし、トレースは計量テンソルの逆に関して取るものとする。ラプラス=ベルトラミ作用素を同様の式でテンソル場に作用する作用素(これもまたラプラス=ベルトラミ作用素と呼ばれる)に一般化することができる。

ラプラス作用素の別な一般化として、擬リーマン多様体上で定義される外微分を用いた「幾何学者のラプラシアン」と呼ばれる

 \Delta f = d^* d f

を考えることもできる。ここで d余微分英語版で、ホッジ双対英語版を使って書くこともできる。これが上に述べた「解析学者のラプラシアン」とは異なるものであることには注意すべきである。そのことは大域解析学の論文を読むときには常に気を付けねばならない。 より一般に、微分形式に対して定義される「ホッジ」ラプラシアン α

\Delta \alpha = d^* d\alpha + dd^*\alpha

と書ける。これはまたラプラス=ドラーム作用素英語版とも呼ばれ、ヴァイツェンベック不等式英語版によってラプラス=ベルトラミ作用素と関係する。

ダランベール作用素[編集]

ラプラシアンを適当な仕方によって非ユークリッド空間に一般化することができて、それには楕円型双曲型超双曲型英語版などが可能である。

ミンコフスキー空間におけるラプラス=ベルトラミ作用素はダランベール作用素

\square
=\frac {1}{c^2}{\partial^2 \over \partial t^2 }
-{\partial^2 \over \partial x^2 }
-{\partial^2 \over \partial y^2 }
-{\partial^2 \over \partial z^2 }

となる。これは考える空間上の等長変換群のもとで不変な微分作用素であるという意味においてラプラス作用素の一般化となるものであり、時間不変函数へ制限する限りにおいてはラプラス作用素に帰着される。ここでは計量の符号を作用素の空間成分に関して負符号を許すようにしてあることに注意(高エネルギー粒子物理学ではこう仮定するのが普通)。ダランベール作用素は波動方程式に現れる微分作用素であるという理由で波動作用素と呼ばれることもある。kこれはまたクライン=ゴルドン方程式(質量の無い場合には波動方程式に帰着される)の成分でもある。

計量における余分な因子 c は、物理学において空間と時間を異なる単位で測っている場合に必要となるものである(例えば同様のことは x-方向をメートルで y-方向をセンチメートルで測ったりするような場合にも出てくる)。実際、理論物理学では方程式を簡単にする目的で、自然単位系などの単位系のもと c = 1 として扱うのがふつうである。

関連項目[編集]

[編集]

  1. ^ Evans 1998, §2.2
  2. ^ Gilbarg & Trudinger 2001, Theorem 8.6
  3. ^ Gilbarg & Trudinger 2001, Corollary 8.11

参考文献[編集]

外部リンク[編集]