ラファエル・フェルナンデス

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ラファエル・フェルナンデス
Rafael Fernandes
ラファエル・フェルナンデス2010.jpg
2010年11月8日(松山中央公園サブ野球場
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
出身地 サンパウロ州サンパウロ
生年月日 1986年4月23日(28歳)
身長
体重
180 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 育成選手ドラフト1位
初出場 2011年8月6日
最終出場 2012年8月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ブラジルの旗 ブラジル
WBC 2013年

ラファエル・ミランダ・フェルナンデスポルトガル語: Rafael Miranda Fernandes, 1986年4月23日 - )は、ブラジルサンパウロ州サンパウロ出身のプロ野球選手投手)。右投げ右打ち。Rafaelはポルトガル語における発音はハファエウに近い。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

ブラジルのヤクルト野球アカデミーの卒業生[1]。10歳のときに外野手として野球を始めた[2]。もともとは左利きであったが、「野球は右でやるもの」と思っており右投げ右打ちとなる[2]。カントリーキッズ高校時代はエースとして3度の全国優勝を経験した。

卒業時にはメジャーリーグの2球団から声がかかったが、「高いレベルで野球がしたい」という本人の希望もあって卒業と同時に来日し、ブラジルと交流のある白鴎大学に入学した。

大学4年間を通じてわずか2勝にとどまったが、最速151km/hの直球が評価され、2008年プロ野球ドラフト会議東京ヤクルトスワローズの育成1位指名を受け、支度金300万円、年俸350万円(金額は推定)で入団した。共に来日した友人を事故で亡くしており、「友人のためにも活躍したい」と述べている[3]

ヤクルト時代[編集]

2011年6月17日支配下選手登録され[4]8月6日に一軍登板を果たす。

2012年7月1日、プロ初勝利を挙げ、球団初の育成選手出身者の勝利投手となった[2]。同年11月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の予選にブラジル代表としてチームメイトの松元ユウイチ金伏ウーゴとともに参加[5]。決勝のパナマ戦で先発し6回2安打無失点の好投。ブラジルのWBC本大会初出場に貢献した。WBC本大会でもブラジル代表に選ばれ、3月2日、1次ラウンド初戦の日本戦で先発登板した。

2013年10月1日に球団から戦力外通告を受けた[6]

ヤクルト退団後[編集]

退団後は、母国・ブラジルへ戻り、アマチュアチーム「ニッポン・ブルージェイズ」でプレーし、アメリカやメキシコ、ベネズエラのチームからの連絡を待つ[7]

プレースタイル・人物[編集]

最速151km/hのストレートが武器。変化球の持ち球は、カットボールスライダーカーブチェンジアップなど。

ブラジル国籍であり日本国籍を持たないが、日本の大学に4年間在籍したので外国人枠は適用されない。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 ヤクルト 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 5 0.1 1 0 2 0 1 0 1 0 2 2 54.00 10.00
2012 9 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 61 12.2 15 2 9 0 1 4 0 0 10 10 7.11 1.90
通算:2年 10 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 66 13.0 16 2 11 0 2 4 1 0 12 12 8.31 2.08

記録[編集]

  • 初登板:2011年8月6日、対阪神タイガース7回戦(京セラドーム大阪)、8回裏に3番手で救援登板、1/3回2失点
  • 初奪三振:2012年6月29日、対阪神タイガース6回戦(明治神宮野球場)、4回表に新井貴浩から空振り三振
  • 初勝利:2012年7月1日、対阪神タイガース8回戦(明治神宮野球場)、6回表に3番手で救援登板、1回無失点

背番号[編集]

  • 115 (2009年 - 2011年6月16日)
  • 66 (2011年6月17日 - 2013年)

脚注[編集]

  1. ^ 「ウイニングボールは父に」 フェルナンデスがプロ初勝利”. サンパウロ新聞 (2012年7月13日). 2012年11月22日閲覧。
  2. ^ a b c 左利きの右腕フェルナンデス初勝利「野球は右でやるものだと…」”. スポニチ Sponichi Annex (2012年7月2日). 2012年7月2日閲覧。
  3. ^ “育成ドラ1フェルナンデス『友人のために』”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2008年11月8日). オリジナル2009年3月16日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20090316022152/http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2008/11/08/16.html 2008年11月8日閲覧。 
  4. ^ 支配下登録のお知らせ 東京ヤクルトスワローズ公式サイト[リンク切れ]
  5. ^ “WBC伯国代表決定 日系12人を含む28人”. サンパウロ新聞. (2012年12月9日). http://www.saopauloshimbun.com/index.php/conteudo/show/id/11249/menu/19/cat/8 2013年10月閲覧。 
  6. ^ 来季の契約について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2013年10月1日). 2013年10月3日閲覧。
  7. ^ “【セカンドチャレンジ(3)】燕・フェルナンデス元投手、母国ブラジルで現役続行”. サンスポ SANSPO.COM. (2012年12月12日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20131212/swa13121205000000-n1.html 2013年12月13日閲覧。 

関連項目[編集]