ラニー・ポッフォ
| ラニー・ポッフォ | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | リーピング・ラニー・ポッフォ ザ・ジニアス |
| 本名 | ラニー・マーク・ポッフォ |
| 身長 | 182cm - 185cm |
| 体重 | 103kg - 110kg |
| 誕生日 | 1954年12月28日(58歳) |
| 出身地 | イリノイ州ダウナーズ・グローブ |
| トレーナー | アンジェロ・ポッフォ |
| デビュー | 1973年 |
ラニー・ポッフォ(Lanny Mark Poffo、1954年12月28日 - )は、カナダ・アルバータ州カルガリー生まれ、アメリカ合衆国イリノイ州ダウナーズ・グローブ出身のイタリア系アメリカ人プロレスラー。
"マッチョマン" ランディ・サベージの実弟であり、ザ・ジニアス(The Genius)を名乗りヒールのマネージャーとしても活動した。
目次 |
来歴 [編集]
プロレスラーである父親アンジェロ・ポッフォのトレーニングを受け、1973年にNWA圏でデビュー。デトロイト、アラバマ、テネシーを転戦し、1978年1月にはテネシーのNWAミッドアメリカ地区にてペッツ・ワトレーと組み、ジプシー・ジョー&リロイ・ロチェスターからミッドアメリカ・タッグ王座を奪取している[1]。
その後、アンジェロが旗揚げしたケンタッキー州レキシントンのインディー団体ICW(International Championship Wrestling)に参画。1978年5月にICW世界ヘビー級王座の初代チャンピオンに認定され、以降1982年にかけて、兄のランディ・サベージを相手に世界王座を巡る抗争劇を繰り広げた[2]。
ICW崩壊後の1984年からは古巣のテネシーに戻り、ジェリー・ジャレットとジェリー・ローラーが主宰するメンフィスのCWAに参戦。父アンジェロをマネージャーに、兄ランディとのコンビでヒールとして活動し、リッキー・モートンとロバート・ギブソンのロックンロール・エクスプレスとも抗争を展開した[3]。なお、CWAでは西洋騎士のプレートアーマーをコスチュームに使用していた[3]。
WWF時代 [編集]
1985年、ランディ・サベージの後に続いてWWFに移籍。WWFでは両者が兄弟であることは公表されず[3]、"リーピング" ラニー・ポッフォ("Leaping" Lanny Poffo)のリングネームでベビーフェイスとして活動する。リング上で自作のポエムを朗読するというギミックで売り出されたものの、ミッドカードで負け役を務めるジョバーのポジションを脱せず、WWFのトップスターとなって活躍していた兄とは対照的に、地味な役割を担い続けた[4]。
1989年4月、ザ・ジニアス(The Genius)を名乗ってヒールターンし、ミスター・パーフェクトのプレイング・マネージャーを担当。アカデミック・キャップとガウンをコスチュームとした嫌味な頭脳派ヒールとなり、トレードマークだった詩の朗読も、ベビーフェイス勢をこき下ろして観客の怒りを煽るというスタイルに変更。同年11月25日放送の『サタデー・ナイト・メイン・イベント』ではWWF世界ヘビー級王者ハルク・ホーガンとシングルマッチで対戦し、ミスター・パーフェクトの援護でカウントアウト勝ちを収めるなど[3]、WWF参戦4年目にしてようやくスポットライトを浴びることに成功した。翌1990年1月21日開催の『ロイヤルランブル』ではホーガンの弟分ブルータス・ビーフケーキとのシングル戦が組まれ、選手として最初で最後のPPV出場も果たしている。
1991年からはボウ(ウェイン・ブルーム)とブレイク(マイク・イーノス)のビバリー・ブラザーズ[5]のマネージャーとなり、タッグマッチ戦線に進出。マーティ・ジャネッティとショーン・マイケルズのザ・ロッカーズ、ノッブスとサッグスのナスティ・ボーイズ、リックとスコットのスタイナー・ブラザーズなどのチームとの抗争を指揮したが、WWF世界タッグ王座を奪取させるには至らなかった。
WWF以降 [編集]
1992年の『サバイバー・シリーズ』を最後にWWFを離脱。インディー団体を転戦後、1995年にWCWと契約したが、1999年の契約満了まで、ショーにはほとんど出場することがなかった。髪をブロンドに染めて「ゴージャス・ジョージ」に変身し、ランディ・サベージのマネージャーになるという案もあったが頓挫[3]、ジョージ役は最終的に、当時のサベージのガールフレンドだったステファニー・ベラーズ[6]が演じている。
セミリタイア後の近年もインディー団体へのスポット出場を続けており、2007年8月にカナダのオンタリオ州オタワで行われたリユニオン・イベント "SuperEx Showdown" ではカマラと対戦。2010年4月にはペンシルベニア州のIWC(International Wrestling Cartel)にてココ・B・ウェアとのレジェンド対決が行われた。
WWF時代のギミックの通り、彼は実際に詩作の才能を有しており、嫌煙をテーマにした子供向けの詩集 "Limericks from the Heart (and Lungs!) " を2004年に発表している[7][8]。
得意技 [編集]
- Honor Roll(ダイビング・セントーン)
- ムーンサルト
- サンセット・フリップ
- トペ・コン・ヒーロ
獲得タイトル [編集]
- NWA世界タッグ王座(デトロイト版):2回(w / アンジェロ・ポッフォ、クリス・コルト)
- NWAガルフ・コースト・タッグ王座:1回(w / ランディ・ポッフォ)
- NWAミッドアメリカ・ヘビー級王座:1回
- NWAミッドアメリカ・タッグ王座:2回(w / ペッツ・ワトレー、ボビー・イートン)
- AGPWインターナショナル・ヘビー級王座:1回
- ICW世界ヘビー級王座:4回
- ICWサウスイースタン・ヘビー級王座:1回
- ICW USタッグ王座:4回(w / ジョージ・ワインゲロフ×3、マイク・ドゲンドルフ)
脚注 [編集]
- ^ “NWA Mid-America Tag Team Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月4日閲覧。
- ^ “ICW World Heavyweight Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年10月4日閲覧。
- ^ a b c d e “Remembering...Lanny Poffo / The Genius”. NZPWI. 2010年10月4日閲覧。
- ^ “The Legacy of Lanny Poffo”. Online World of Wrestling. 2010年10月4日閲覧。
- ^ “Tag Team Profiles: The Beverly Brothers”. Online World of Wrestling. 2010年10月4日閲覧。
- ^ “Women's Wrestler Profiles: Stephanie Bellars”. Online World of Wrestling. 2010年10月4日閲覧。
- ^ “Welcome to the Official Lanny Poffo Online Shop”. The Official Website of Lanny Poffo. 2010年10月4日閲覧。
- ^ “Limericks from the Heart (and Lungs!)”. Amazon.com. 2010年10月4日閲覧。