ラスト・ワルツ

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ラスト・ワルツ
The Last Waltz
解散コンサート「ラスト・ワルツ」の一場面
(1976年11月25日・サンフランシスコ)
監督 マーティン・スコセッシ
製作 ロビー・ロバートソン
出演者 ザ・バンド
撮影 マイケル・チャップマン
ラズロ・コヴァックス
公開 アメリカ合衆国の旗 1978年4月26日
日本の旗 1978年7月1日
上映時間 117分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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ラスト・ワルツ』 (The Last Waltz) は、アメリカ合衆国ロックバンドザ・バンド1976年11月25日米国カリフォルニア州サンフランシスコウインター・ランドで行った解散ライブの名称、およびそのライブ・アルバムと記録映画。

ゲスト・ミュージシャン[編集]

「ラスト・ワルツ」は長年にわたってアメリカン・ロック界を支えたザ・バンドのラスト・ライブということで、豪華なゲスト・ミュージシャンが参加し、ザ・バンドと競演を果たした。

コンサート出演のゲスト・ミュージシャン

MGMサウンドステージでの収録

エピソード[編集]

このイベントは、ザ・バンドのリーダーであり、ギタリストであったロビー・ロバートソンと、ザ・バンドのマネージャー・チームが独断で物事を進めていた。事の発端は、ロバートソンがツアー生活に疲れたため、豪華なゲストを招いたライブを行い、そのライブでライブ活動を終了し、今後はレコーディング活動のみ行って行きたいと決断したのが始まりであった。しかし、ロバートソン以外のメンバーはその考えに賛同できなかった。特に、ドラムボーカルリヴォン・ヘルムは、「そんなもの全くやりたくなかったし、まだツアーを続けたかった」と後で話している。結果、ゲストにメンバーの憧れの存在であったマディ・ウォーターズを呼ぶことで事なきを得たが、この事によってロバートソンと他のメンバーの間に確執が生まれてしまい、後の再結成の際には、ロバートソンは参加しなかった。

同イベントのチケットは25ドル。当時大御所ミュージシャンのライブでもチケットの値段は10ドル弱だったので、かなりの高額である。当日までゲストはシークレットだったためチケットは売れ残り、当日券の販売もあった。[1]

当日は感謝祭の日であったため、観客には花が配られ、最初の一時間はワルツを踊った。また、豪華なディナーも用意されていた。

ゲストにニール・ダイヤモンドが呼ばれているが、ロビー・ロバートソンがアルバム一枚をプロデュースしただけで、他のメンバーとは深い親交を持っていない。リヴォンは、開催直前まで「彼を呼ぶ必要性はないんじゃないか」とロバートソンに訴えていたが、結局リヴォンの反対を押し切り参加した。

ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』を聞いて衝撃を受け、自身のバンド「クリーム」を解散させていたエリック・クラプトンは、ステージでギター・ソロを披露中、誤ってストラップを外してしまい、「繋いでくれ」とロバートソンに続きを引き継がせている。

ボブ・ディランは、同イベントの映画公開時期が自身主演の映画『レナルド&クララ』と同時期であることを理由に、自分が出演するステージの撮影を拒否したが、交渉の末、最後の「いつまでも若く」と出演者全員でのフィナーレである「アイ・シャル・ビー・リリースト」の二曲のみ許可が下りた。しかし、いざステージが始まると、ディランには想像以上の歓声が起こり、上機嫌になったディランは「いつまでも若く」とメドレーで「連れてってよ」を演奏してしまう。「連れてってよ」はザ・バンドがザ・ホークス名義でディランのバック・バンドを勤めていた時期にもよく演奏された曲であった。ディランのマネージャー・チームは、「連れてってよ」のスタートと同時にカメラを止めろと指示を出すが、それを見ていたコンサート・プローモーターであったビル・グレアムがマネージャーに「黙れ!!」と一喝し、撮影を続行。結果、ディランもこのシーンの公開を許可した。これは、長年活動したバンドへのディランによる粋な計らいなのではないかとも言われているが、真相は謎のままである。

映画公開の際、ニール・ヤングの鼻にコカインの塊が刺さっているのが分かり、後に発売されたビデオDVDではデジタル処理で消されている。この日のヤングは顔つきとテンションの高さから、明らかにコカインをキメているのが分かる。

出演者のほとんどは、終演後ジャパン・タウンにあるミヤコ・ホテルに泊まった。

当日はスコセッシの映画『タクシー・ドライバー』に出演したロバート・デ・ニーロハーヴェイ・カイテルも客席に姿を見せた。

ゲスト・ミュージシャンは全員ノーギャラでの出演をOKした。

映画とサウンドトラック[編集]

同イベントはマーティン・スコセッシ監督の元、1978年に映画化されたほか、ロビー・ロバートソン監修でLP三枚組のサウンドトラックとしても発売された。しかし、収録時間の関係上、当日演奏された楽曲の三分の一程度しか収録されなかった。しかも、映画のサウンドトラックという性格上、本来の「ザ・バンドのステージ→ゲストとの競演」という実際のステージの流れとは異なる順番で収録されていた。

開催から26年後の2002年、未発表であった音源を大量に追加したボックス・セット『ラスト・ワルツ完全版』がリリースされる。監修はもちろんロバートソンであったが、案の定、今回も曲順は実際のステージ通りではなかった。しかも、ザ・バンドの演奏楽曲が数曲未収録であったため、「完全版」とは言えない。このため、同イベントを完全収録した海賊盤も多発している。

オリジナル・リリース時から指摘されていたが、同映画とサウンドトラックは過剰なオーバーダビングが施されている。元々リハーサル期間も短く、ゲスト群の楽曲も覚えなければならなかったため、演奏面においては、あまり良い出来ではなかったという証言もある。特にロバートソンのギターは未編集の海賊盤と聞き比べると全く別物だという声も高い。また、映画では、ジョニ・ミッチェルが「コヨーテ」を演奏しているシーンでリック・ダンコの弾くベースの音と手の動きが合っていないなどが挙げられる。総合的に見て、同イベントとサウンドトラックはロバートソンの自己満足で終わっているという厳しい見方もできる。

関連項目[編集]

情報源[編集]

  1. ^ Selvin, Joel (2002年4月22日). “The day the music lived”. San Francisco Chronicle. http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/chronicle/archive/2002/04/04/DD64672.DTL&type=music 2007年8月14日閲覧。 

外部リンク[編集]