ラジカル・ガジベリビンバ・システム
ラジカル・ガジベリビンバ・システム(RGS)は、1985年から1992年まで活動した日本の演劇・ギャグユニット。プロダクション人力舎所属。
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[編集] メンバー
- 宮沢章夫
- 竹中直人
- シティボーイズ(大竹まこと・斉木しげる・きたろう)
- 田丸小玉(加入者兼宮沢の実の妹)
- 江馬小百合(加入者兼宮沢の弟子)
- 中村有志(当時、中村ゆうじ)
- いとうせいこう
- 住田隆
- 緋田康人(当時、西田康人)
- ふせえり
- 江原由希子
- 加藤賢崇
[編集] 誕生の歴史
もともとメンバーのシティボーイズ主催のコントイベント「シティボーイズ・ショー」が始まりで、そのイベントに竹中直人・宮沢章夫が参加し、1984年5月に竹中直人・シティボーイズ・宮沢章夫とかつて「スネークマンショー 楽しいテレビ」で共演した中村ゆうじ・いとうせいこう・ 桑原茂一さらに松本小雪(後に脱退)が参加し「ドラマンス」という名義で活動を開始し、後に1985年9月にラフォーレ原宿で公演した際に「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」に改名し、松本・桑原を除いたメンバーで活動開始を始めた。その後は田丸小玉(現:宮沢こずえ)と江馬小百合の2人が加入された。
[編集] 評価
現在では、いずれもメジャーどころのタレントであるが、当時は気鋭の実験的コメディアンといった認識であった。そのギャグは、当時決して万人受けしたとは言えず、特に、東京キー局発のテレビメディアで重宝がられるものではなかった。当時インディーズバンド“有頂天”のボーカリストとして活躍していたケラリーノ・サンドロヴィッチは彼らの公演に感銘を受け、「劇団健康」を1985年に旗揚げしている。ちなみに“有頂天”は、いとうせいこう&TINNIE PUNXの1986年のアルバム『建設的』に参加し、大竹まことボーカルによる『俺の背中に火をつけろ!!』を演奏・プロデュースしている。
ラップグループ、スチャダラパー(1988年結成、1990年デビュー)のグループ名は、RGS1986年の公演「スチャダラ」に由来する。スチャダラパーは、「スチャダラ」の続編である「スチャダラ2010」(1996年に上演、宮沢章夫の構成・演出)に出演している。また、近年では竹中がスチャダラパーの代表曲「今夜はブギーバック」をカヴァーし、CDをリリース(プロデュースはスチャダラパーが担当)している。
[編集] テレビ
※『どんぶり5656』・『なげやり倶楽部』はRGS結成前に別々に出演していた。
- 『どんぶり5656』(1983年~1984年、読売テレビ)
- 『なげやり倶楽部』(1985年、読売テレビ)
- 『冗談画報』(1986年2月3日・11月13日、フジテレビ)
- 『河田町プッツン意思表示』(1986年9月9日、フジテレビ「火曜ワイドスペシャル」枠)
- 『ニッポンお笑い最前線』(1986年頃参加、NHK総合テレビジョン)
[編集] レーザーディスク
[編集] 公演
1985年
- 9月『ここから彼方へ』(ラフォーレ原宿)
1986年
- 2月『スチャダラ』(草月ホール)
- 7月『時速500円で走る』(ラフォーレ原宿)※以降公演会場はラフォーレ原宿
- 11月『未知の贈り物』
1987年
- 6月『亜熱帯の人』
- 12月『コズミックダンスへの招待・REMIX』
1988年
- 12月『最後の正月』
1989年
- 12月『砂漠監視隊』※この公演でユニットの活動休止
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