ラシュト

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座標: 北緯37度18分 東経49度38分 / 北緯37.30度 東経49.63度 / 37.30; 49.63

ラシュト
رشت
ラシュトの位置(イラン内)
ラシュト
ラシュト
ラシュト(イラン)
イラン
ギーラーン
緯度
経度
北緯37度18分 東経49度38分 / 北緯37.30度 東経49.63度 / 37.30; 49.63
標高 5 m
人口 642,195 人 (2006年)
- 都市
出典 : Gazetteer.deIndex Mundi

ラシュトペルシア語: رشت‎; Rasht)はイラン北西部の都市でギーラーン州の州都。バンダレ・アンザリー経由のカフカズロシアとイラン間の交易における中心地の1つであり、観光の中心ともなっている。ラシュトの人口は2005年の統計で560,123人である[3]

気候[編集]

ラシュトの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 30
(86)
31
(88)
34.6
(94.3)
37
(99)
37.6
(99.7)
37
(99)
37
(99)
37.2
(99)
40
(104)
37.4
(99.3)
36
(97)
32
(90)
40
(104)
平均最高気温 °C (°F) 10.8
(51.4)
10.9
(51.6)
13.1
(55.6)
19.0
(66.2)
24.2
(75.6)
28.3
(82.9)
30.5
(86.9)
29.9
(85.8)
26.8
(80.2)
21.7
(71.1)
17.7
(63.9)
13.6
(56.5)
20.54
(68.97)
平均最低気温 °C (°F) 1.9
(35.4)
2.5
(36.5)
5.1
(41.2)
9.3
(48.7)
14.2
(57.6)
18.0
(64.4)
20.2
(68.4)
19.8
(67.6)
17.2
(63)
12.8
(55)
8.3
(46.9)
4.2
(39.6)
11.13
(52.03)
最低気温記録 °C (°F) −19
(−2)
−18
(0)
−6.4
(20.5)
−2
(28)
3.6
(38.5)
5
(41)
11
(52)
9
(48)
7
(45)
1
(34)
−4
(25)
−10
(14)
−19
(−2)
雨量 mm (inch) 147.9
(5.823)
119.2
(4.693)
111.3
(4.382)
61.6
(2.425)
53.3
(2.098)
38.7
(1.524)
40.2
(1.583)
73.8
(2.906)
142.6
(5.614)
230.2
(9.063)
170.7
(6.72)
166.0
(6.535)
1,355.5
(53.366)
平均降雨日数 11.7 10.7 12.0 8.6 7.7 4.3 3.7 6.8 9.5 12.3 10.7 11.4 109.4
 % 湿度 84 85 84 80 78 74 74 77 82 86 85 85 81.2
平均月間日照時間 89.9 79.1 71.3 114.0 161.2 204.0 210.8 167.4 138.0 108.5 93.0 86.8 1,524
出典 1: World Climate [1]
出典 2: Shahrekord Meteorology Database [2]


言語[編集]

ギーラキー語の話者300万人以上のほとんどがギーラーン州に住む。ギーラキーは、インド・ヨーロッパ語イラン語派のうち北西イラン語に属する。北西イラン語はギーラキーおよびギーラキーと密接な関係をもつマーザンダラーン語から構成され、ギーラキーはさらにビエ・パスとビエ・ピーシュの2方言に分かれる。ビエ・ピーシュ方言はラーヒージャーンラングルードなどギーラーン東部で話されるのに対し、ラシュトやフーマーンなどセフィード川より西で話されるのがビエ・パス方言である。ギーラキーは口頭言語であって、イランにおける公用語とはなっていない。

ラシュトの名は、おそらくロスタムに由来するものである。ロスタムは現在のマーザンダラーン州域で「白い悪魔」を掃討したとされる。

人びとと文化[編集]

ギーラキー語ペルシア語タリーシュ語を話す人びとがいる。

高等教育機関[編集]

歴史[編集]

ラシュトの古いモスク (1886年)

ラシュトの文献史料上の初見は682年であるが、おそらく街の歴史はそれより古く、サーサーン朝の時代にはこの地に都市があった。近代にはロシア帝国のピョートル大帝やイギリス軍が進駐した街である。イラン立憲革命ではラシュト蜂起を通じて大きな役割を果たした。

年表[編集]

682年
文献上のラシュトの初見。
1669年
カザークの司令官スチェパン・ラージンによる略奪。
1722年 - 1734年
第1次ロシア・イラン戦争でのピョートル大帝による占領。
1901年
大規模な疫病による荒廃
1917年 - 1920年
ラシュトおよび港市バンダレ・アンザリーにおける英露両軍の戦闘。英軍は撤退し、ロシア軍が地域を占領。1920年ボルシェヴィキのロシア人がバーザールに放火し大火。多くの市民が避難。
1937年
ロシア人からの「通行税」徴収を目的とした暴動発生。鎮圧。
1974年
ラシュト最初の大学が設立。

ラシュト出身の著名人[編集]

近郊[編集]

  • チョマールサーラー
  • ゴルサール
  • キャルファーバード
  • ハーレマム
  • ラカーン・シャフル
  • マンザリーイェ
  • ノグレダシュト
  • オスタードサーラー
  • ピールサーラー
  • ラシュティヤーン
  • サガーリスアザーン
  • パールク・シャフル
  • タフティー

脚注[編集]

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  1. ^ Rasht, Iran: Climate, Global Warming, and Daylight Charts and Data [1]. Retrieved on: June 16, 2013.
  2. ^ Climatological Norms of Iran synoptic stations [2]. Retrieved on: September 12, 2011.

外部リンク[編集]