ラシュカレトイバ

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ラシュカレ=トイバウルドゥー語:لشكرِ طيبہ・翻字:laškar-ĕ ṯayyiba)は、南アジアイスラーム主義組織。

概要[編集]

インドパキスタンの係争地域であるカシミール地方の分離独立を掲げ南アジア地域で活動している。「ラシュカル・エ・タイバ」、「ラシュカレ・タイバ」などの表記もみられる。英表記もLashkar-e Tayyaba、Lashkar-i Toiba 等、複数あり定まっていない。Lashkarは「軍隊」を意味する語、Toibaはアラビア語で「よい」という意味があるTayyibの派生語であり、ラシュカレトイバとは「敬虔な者の軍隊」を意味すると説明される。

ハーフィズ・ムハンマド・サイード(Hafiz Muhammad Said)が、マルカズ・ウッ=ダウア・ワル=イルシャード(宗教・社会保障研究センター)の軍事部門として設立した。本部はパキスタンのラーホール近郊の町ムリードケー (Muridke座標: 北緯31度47分43秒 東経74度15分04秒 / 北緯31.795279度 東経74.251163度 / 31.795279; 74.251163) にあり、パキスタン領カシミールアーザード・カシミール)に訓練施設を有するとされる。

母体であるマルカズ・ウッ=ダウア・ワル=イルシャード(マルカズ)は、ウサーマ・ビン=ラーディンの師匠であるアブドゥッラー・アッザームの影響の下、1989年に創設された。ビン=ラーディンは、この組織のスポンサーとなり、LeTもアル=カーイダと関係があるとされている。

LeTの構成員は、本名を隠し、偽名で活動している。ビン=ラーディンは、彼らを「シェイフ・アル・アブドゥッラー」と呼んでいる。9月11日のテロ事件後、LeTの在米資産は凍結され、イギリスでは活動が禁止された(2000年)。2001年12月、アメリカ政府は、LeTをテロ組織に指定した。2002年1月、パキスタン政府も、LeTの活動を禁止し、資産を凍結した。LeTの活動禁止後、マルカズは、ジャマートゥッ=ダウアに改称した。

パキスタンのNews紙によれば、LeTは、パキスタン国内とカシミールに6カ所の軍事キャンプを保有している。その外、パキスタン国内には、約2,200人の構成員が存在するという。

南アジア全域を支配するべくイスラム帝国建設に邁進しており、かつてイスラム教徒のものであったのに、キリスト教の十字軍によって奪われたヨーロッパを、イスラムの手に奪い返す使命と、ユダヤ教徒とキリスト教徒に対するジハードは、すべてのイスラム教徒に与えられた義務であるとしている。[1]

活動[編集]

  • 2000年12月 - デリーレッド・フォートに対して自爆テロ。3人が死亡。
  • 2001年1月 - シンガポールの空港でインド人5人を殺害。
  • 2001年4月 - インド国境警備隊を襲撃。
  • 2001年12月13日 - インド議会を襲撃。インドとパキスタン間の関係が険悪化。
  • 2002年5月14日 - カルチャク市を襲撃。30人以上が死亡、48人が負傷。この襲撃後、パキスタン政府はハーフィズ・モハンマド・サイードを逮捕し、11ヶ月間拘禁した。
  • 2006年7月11日 - ムンバイ列車爆破事件。LeTの別働隊とされるラシュカレ・カッハール(Lashkar-e-Qahhar)が犯行声明を出した。
  • 2008年11月26日 - ムンバイ同時多発テロの関与が疑われている。

脚注[編集]

  1. ^ ニューズウィーク』2010年3月31日号 p.42

関連[編集]