ラシダ・ダティ
ラシダ・ダティ(ダチ、Rachida Dati、1965年11月27日 - )は、フランスの政治家。ブルゴーニュ地方のソーヌ=エ=ロワール県サン・レミー出身。フランソワ・フィヨン内閣において司法大臣兼国璽尚書を経験した。
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出生[編集]
マグレブ系移民(父がモロッコ出身、母はアルジェリア出身)の二世。父はレンガ職人。ダティは、12人兄弟の2番目として生まれる。幼少時は貧しく、シャロン=シュル=ソーヌの郊外にある低家賃集合住宅で過ごした。豊かな天分を認められて、カトリック系の学校に進学する。16歳の時、看護士助手として夜働きながら学ぶ。その後もエルフ・アキテーヌElf Aquitaine社で3年間会計担当として勤務しながら、経済学や企業統治について学ぶ。
実業家のジャン・リュック・ラガルデールJean-Luc Lagardereの知遇を得、ラガルデール・グループの企業、マトラMatraに就職し、会計検査部門に勤務する。その後、欧州復興開発銀行に移り、ロンドン勤務を経て、金融会計検査部門に勤務した。1994年スエズ監査役、都市開発研究本部長や、フランス国民教育省の法務部門における技術顧問などを歴任した。
グラン・ゼコールの一つ、フランス国立司法学院 École Nationale de la Magistratureに入学し、法曹界に転身し、受任裁判官(裁判官によって任命される)や検事代理を務めた。
2002年内相であったニコラ・サルコジの顧問に就任する。ダティはサルコジの諮問により、軽犯罪防止のための法律プロジェクトに参加している。2006年国民運動連合に入党。2007年フランス大統領選挙ではサルコジ陣営のスポークスマンを務めた。
サルコジ同様に攻撃的な弁舌と上昇志向の持ち主であり、一部のメディアからは、「女サルコジ」の異名を奉られている。2008年パリ・第7区区長選に出馬。
法相、出産[編集]
2009年1月2日にゾラと名付けた女児を出産したが父親は不明。前年9月に妊娠が公表された際「マスコミに話すことができるのは、わたしの私生活は込み入っているということだけ」と述べている。[1]
フェラシオン[編集]
2010年9月26日、ラジオとテレビのインタビューにおいて経済問題に触れた時、インフレーション(インフラシオン/inflation)をフェラチオ(フェラシオン/fellation)と言い間違った。[2]
脚注[編集]
- ^ “フランスの独身法相が女児出産 父親は明かさず”. 47NEWS. (2009年1月3日)
- ^ “美人前法相、インフレ→「フェラ」言い間違い”. サンケイスポーツ. (2010年9月28日)
外部リンク[編集]
- Rachida Dati-Xavier Bertrand : les deux voix de Sarkozy, Libération, January 18 2007.
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