ヨン・スティーブンソン・フォン・テッツナー
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| ヨン・スティーブンソン・フォン・テッツナー | |
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| 生まれ | 1967年8月29日(41歳) |
| 職業 | オペラ・ソフトウエアCEO |
ヨン・スティーブンソン・フォン・テッツナー(Jon Stephenson von Tetzchner、1967年8月29日 - アイスランド レイキャヴィーク出身)は、オペラ・ソフトウエア(Opera Software)の共同創設者にして最高経営責任者。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 略歴
1979年にノルウェーに移住し、オスロ大学を卒業。1991年からTelenor Research and Development(現 Telenor)に勤務。1994年よりゲイル・イヴァルセイらと MultiTorg Opera(後の Opera)の開発を行う。この開発プロジェクトは途中で終了してしまうが、二人はこのソフトウエアの権利を獲得すると同時に独立し、オペラ・ソフトウエア社を設立した。
[編集] 遠泳で大西洋を横断
2005年4月19日にリリースされた Opera 8 が公開後48時間で60万回ダウンロードされたことを受けて「公開96時間以内にダウンロード回数が100万回を超えたら、ノルウェーから大西洋を横断してアメリカへ泳ぐ」と2005年4月21日に宣言した。
公約ではオスロを発って母国アイスランドで1回限りの休憩を取り、母親のココアを飲んだ後にアメリカへ向かうことになっていた。そしてダウンロード開始4日後の4月25日、ダウンロード回数が105万回を越え、公約が実行されることが明言された。
25日朝、内々の話であった大西洋横断という与太話をプレスリリースしてしまった PRマネージャーの Eskil Sivertsen がその責任を取ってゴムボートで並走し、テッツナーはアメリカへの遠泳を開始した。しかし開始後1時間足らずでゴムボートが損傷して沈没が始まったためにこれを救助せざるをえなくなり、大西洋横断は中断された。
この時点で既に外洋に出ていたはずだが、たまたま家の台所で救助の模様を目撃した地元の農家が超望遠カメラで鮮明な写真を撮影し、一連の様子が同社サイト上で克明にレポートされた。 [1]
[編集] 日本での愛称
Jon Stephenson von Tetzchner は呼びづらいため、日本のユーザーからテッちゃんという愛称を付けられていた。本人の知らぬ間に付いた名前であったが、現在本人はこれを公認している。
公認のきっかけになったのはオペラ・ソフトウエア日本支社で2007年5月26日に行われたオフライン・ミーティング。Skype を通して日本のファンの前に姿を現したこの席で、ファンに Tetz-chan(テッちゃん)と愛称で呼ぶことを提案され、彼はこれを快諾した。 [2]
[編集] 脚註
- ^ "The 1 Million Download Challenge" (HTML) (英語). Opera Software ASA. 2007年6月6日 閲覧。
- ^ [Øverdahl, Espen] (2007-05-29). "Opera CEO at user event in Tokyo!" (HTML) (英語). 2007年6月6日 閲覧。
[編集] 外部リンク
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