ヨラム (イスラエル王)

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ヨラムは、北イスラエル王国の第9代の王。アハブ王の第2子で、オムリ王朝最後の王である。

生涯[編集]

アハズヤが男子なくて死んだので、ユダの王ヨシャパテの第18年に王となり、12年間治めた。彼は父が造ったバアルの石の柱を取り除いたが、ヤロブアムと同じく偶像礼拝をしていた。

アハブ王の死後、紀元前850年モアブ王のメシャが反乱を起こした[1]。ヨラムはユダの王ヨシャパテとエドムの王に援軍を得て征伐した。しかし飲み水が不足してしまい、預言者エリシャによって水を得た。その水に太陽が赤く映り、モアブ軍はイスラエル軍の同士討ちをした血の色と勘違いしてイスラエルの陣営に攻め上ったところ、撃退されてしまった。

預言者エリシャの預言の故に、ヨラムはアラムからの侵入を受けることがなかった。しかし、ベン・ハダデがアラムの王になった時に、イスラエルに侵攻して首都サマリヤを包囲し、イスラエルは篭城になり飢餓に陥った。この時ヨラムは預言者エリシャの言葉を信頼しなかった。

ヨラムはアラムの王ハザエルと戦っていた時に傷を受け、それを癒すためにイズレエルに帰ってきた。ヨシャパテの子イエフは預言者の言葉によって自分が王となることを聞いて、ヨラムを弓で殺してしまった。ヨラムの遺骸は、イズレエル人ナボデの所有地の畑に投げ捨てられた、こうしてオムリ王朝は終わり、イエフ王朝が始まった。

脚注[編集]

  1. ^ 旧約聖書によればヨラムの時代となっているが、メシャ碑文によればオムリ王の息子(名前への言及が無いがアハブ)の時代である。碑文の年代からもヨラムの時代が正しいと考えられるが確定していない。

参考文献[編集]