ヨハン・ペーター・ザーロモン
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ヨハン・ペーター・ザーロモン(Johann Peter Salomon 1745年2月20日受洗 - 1815年11月28日)はドイツ出身のヴァイオリニスト、作曲家、指揮者、音楽興行師。
ボンに生まれ、当地の宮廷楽団でヴァイオリンを演奏していたが、のちプロイセン王子ハインリヒの楽団でコンサートマスターを務める。1780年代初頭にロンドンへ移住し、作曲家として活動すると共に、弦楽四重奏団でヴァイオリンを弾いた。
しかしながら、今日もっとも広く知られているのは音楽興行師としてのザーロモンであろう。1度目は1791年から1792年にかけて、2度目は1794年から1795年にかけて、ハイドンをロンドンに招いたのは彼である。これら一連の旅でハイドンが作曲した第93番から第104番までの交響曲は、ザーロモン交響曲(別名ロンドン交響曲)の名で呼ばれることがある。これは彼がハイドンに依頼して作らせた為で、楽曲の権利もザーロモンが持つ。彼はこれらの交響曲を室内楽用に編曲してサロンなどで演奏した。また、モーツァルトの交響曲第41番に『ジュピター』の名を与えた張本人とも考えられている。
親戚のレア・ザロモンは作曲家のフェリックス・メンデルスゾーンの母である。
ザーロモンはロンドンで死去し、ウェストミンスター寺院の回廊に葬られた。
