ヨハン・ゲオルク・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン

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1961年成婚時のヨハン・ゲオルクとビルギッタ

ヨハン・ゲオルク・フォン・ホーエンツォレルン=ジグマリンゲンJohann Georg von Hohenzollern-Sigmaringen, 1932年7月31日 - )は、ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯国の王族の子孫。全名はヨハン・ゲオルク・カール・レオポルト・アイテル=フリードリヒ・マインラート・マリア・フーベルトゥス・ミヒャエルJohann Georg Carl Leopold Eitel-Friedrich Meinrad Maria Hubertus Michael)。ホーエンツォレルン侯家家長フリードリヒの三男で、スウェーデン王女ビルギッタカール16世グスタフの姉)の夫となった。

1932年7月31日、ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯フリードリヒとその妻であったザクセンフリードリヒ・アウグスト3世の王女マルガレーテの間に第五子としてヴァイマル共和政ドイツ国プロイセン自由州ホーエンツォレルン州(現・ドイツ連邦共和国バーデン=ヴュルテンベルク州)のジグマリンゲンにあるジグマリンゲン城で生まれた。

ヨハン・ゲオルクは1955年から1964年までパリフライブルクミュンヘン美術史歴史を学び、フランス大聖堂の王立ギャラリーに関する論文でDr.Phil.を取得した。1966年からバイエルン州立絵画コレクションBayerische Staatsgemäldesammlungen)に勤務し、1986年からはバイエルン州立博物館Bayerisches Nationalmuseum)の館長となった。1991年にバイエルン州立絵画コレクションに理事長として戻り、1998年までその職を務めた。 1998年から2006年まではヒポ文化財団美術館Kunsthalle der Hypo-Kulturstiftung)の館長を務めている。

子女[編集]

妻のスウェーデン王女ビルギッタとは1959年に親類や友人を集めて行なったカクテルパーティで会った。1960年12月5日に彼女との婚約が発表され、1961年5月25日ストックホルム宮殿市民婚が、同年5月30日にジグマリンゲン城のザンクト・ヨハン教会で宗教婚が行なわれた。二人の間には以下の二男一女が生まれた。夫妻は1990年から別居しているが、法的には結婚したままである。