ヨハン・クリスティアン (プファルツ=ズルツバッハ公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ヨハン・クリスティアン(John Christian, 1700年1月23日 - 1733年7月20日)は、プファルツ=ズルツバッハ公テオドール・オイスタッハとエレオノーレ・マリー・アマーリア・フォン・ヘッセン=ラインフェルス=ローテンブルクの次男。

ヨーゼフ・カール1729年に死去したことにより、1732年の父の死後にズルツバッハ公を継いだが、翌1733年に自身も死去した。息子のカール・テオドールがズルツバッハ公を相続したが、本家のプファルツ選帝侯カール3世フィリップに息子がなかったため、1742年にカール3世の孫娘エリーザベト・アウグステと結婚、1743年に死去したカール3世のプファルツ選帝侯位を継いだ。1777年にはバイエルン選帝侯にもなった。

子女[編集]

フランス大元帥テュレンヌ子爵又姪であるマリア・アンナ(1708年 - 1728年)と結婚、2人の子を儲けたが、1728年に早世した。

1731年、ヘッセン=ローテンブルク辺境伯エルンスト2世レオポルトの娘で従妹のエレオノーレ・フィリッピーナと再婚したが、その2年後に亡くなった。

先代:
テオドール・オイスタッハ
プファルツ=ズルツバッハ公
1732年 - 1733年
次代:
カール・テオドール