ヨハン・イェルゲン・ホルスト

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ヨハン・イェルゲン・ホルスト(Johan Jørgen Holst、1937年11月29日 - 1994年1月23日)は、ノルウェーの政治家。ノルウェー労働党に所属していた。オスロ合意の中心的役割を果たしたことで有名である。コロンビア大学で学士号取得。

ホルストは1987年から1989年及び1991年から1993年まで、ノルウェーの防衛大臣であった。その後外務大臣に任命されると、最終的にオスロ合意として結ばれる流れを作った。1993年12月に軽い脳卒中に倒れ、そのまま1ヶ月後に死去した。妻で社会学者でもあるマリアン・ハイベルグは、ホルストが死を賭して和平プロセスを進めたと評価している。

ホルストを称えて、ガザ市は6歳から16歳までの市民の活動の場としてホルスト公園を作った。