ヨイトマケの唄

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ヨイトマケの唄(ヨイトマケのうた)は、美輪明宏(当時・丸山明宏)が自ら作詞作曲した1966年のヒット曲。

目次

[編集] 概要

美輪が幼少時に一緒に育った友人の亡き母を回顧する歌である。主人公の過去には幼少時、母親の職業(日雇い労働者)がきっかけでいじめを受けた悔しさなども折り込まれている。「ヨイトマケ」とは、かつて建設機械が普及していなかった時代に、地固めをする際に、重量のある槌を数人掛かりで滑車で上下する時の掛け声であり、美輪によれば、滑車の綱を引っ張るときの「ヨイっと巻け」のかけ声を語源とする。この仕事は主に日雇い労働者を動員していた。

作詞作曲のきっかけは、興行主の手違いで炭鉱町の劇場でコンサートをすることになったことに始まる。当時きらびやかな衣装でシャンソンを歌っていた美輪は、炭鉱町でのコンサートに乗り気ではなかったのだが、炭鉱労働者たちが安い賃金をつぎ込んでチケットを求め、客席を埋め尽くしているのを見て衝撃を受け、「これだけ私の歌が聴きたいと集まってくれているのに、私にはこの人たちに歌える歌がない」と感じて、労働者を歌う楽曲を作ることを決意したという[1]

初めて発表したのは1964年(昭和39年)、リサイタルにて歌唱。1965年(昭和40年)、NETテレビ(現在のテレビ朝日)『木島則夫モーニングショー』の「今週の歌」で発表したところ、非常に大きな反響を呼び、放送局には10万通を超える投書があり、異例のアンコール放送となった。この歌がきっかけで、同性愛者であることを公にして以降、低迷していた美輪が、再び脚光を浴びることになった。白のワイシャツに黒の細身のスラックス姿で登場し、戦後の復興期の貧しい少年から、高度成長期エンジニアへと成長した凛々しい青年を演じた美輪の姿は、多くの視聴者の胸を打った。

シングルレコード発売は1965年7月。レーベルはキングレコード。レコード・CDとして発表されている音源はいくつか種類があり、発表当時と近年では使用楽器などアレンジが異なる。(オリジナルの1965年録音盤、1975年録音盤(アルバム『白呪』収録)、2000年録音盤が存在する)

歌詞が描く世界観と美輪のパフォーマンスによる評価を裏打ちするのは、楽曲自体が、伊藤久男イヨマンテの夜』(1949年)、織井茂子黒百合の歌』(1952年)に代表される、低音域のドラムを強調した古関裕而の土俗的オルタナティヴサウンドの系譜に位置することである。美輪の作曲の音楽性の高さも特筆すべき点である。

[編集] 逸話

発表後間もなくして歌詞の中に差別用語として扱われる「土方」(どかた)「ヨイトマケ」が含まれている点などから、日本民間放送連盟により要注意歌謡曲(放送禁止歌)に指定された事でそれ以降民放では放送されなくなる。この制度自体は1983年に廃止されたが、実際は廃止された後もしばらくの間この制度の影響を受け続けることになる。1990年に美輪が『ぴりっとタケロー』(TBS)に出演する際にこの歌を披露する予定だったが、放送局のTBSから歌のカットを求められた。出演依頼があった際、美輪は歌無しの出演を希望したが、制作会社の強い希望で本曲を歌うことになった。ところが、放送日2日前に突然「歌は止めて欲しい」という申し出を受ける。一方的に二転三転する申し出に美輪は憤慨し、出演自体を取り止めた。このことがきっかけで美輪はテレビで最近まで歌うことを避けていた。

1998年に村上“ポンタ”秀一のアルバム『Welcome To My Life』に収録され、泉谷しげるが歌った物が『ニュースJAPAN』(フジテレビ)で流れた事で久々に公共の電波に乗り、更に2000年には桑田佳祐が自身の番組『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』(フジテレビ)にてこの曲を歌った事で大きな反響を得る。この際には、テロップにて「この唄は、俗に放送禁止用語と呼称される実体のない呪縛により長い間、封印されてきた。今回のチョイスは桑田佳祐自身のによるものであり、このテイクはテレビ業界初の試みである」との説明が付されていた[2]が、以降多くの歌手がテレビでも歌うきっかけとなった。なお、NHKでは発表当時から一貫して放送自粛の措置はとられておらず、美輪本人による歌唱はもとより、様々な歌手によるカヴァーも放送されている。 海援隊の「母に捧げるバラード」は一部この唄のパクりである事を美輪明宏が武田自身が後に謝罪に来たエピソードを交え語った。[3]

[編集] メディア

[編集] カバー

なぎら健壱新井英一、桑田佳祐、Breath Mark、泉谷しげる、酒井俊米良美一、新結成時のザ・フォーク・クルセダーズ、大竹しのぶ、大西ユカリと新世界ガガガSPなどによりカバーがなされている(桑田は自身のソロベストアルバム『TOP OF THE POPS』に収録)。近年では、槇原敬之も自身のカバーアルバム『Listen To The Music 2』に収録している。演歌系では中村美律子がリサイタルで歌った。また、2007年08月28日にはアニメソング歌手の遠藤正明が自身のライブで披露した。在日コリアン歌手の趙博は、朝鮮訛りでこの歌をカバーしている。

また、美輪明宏と同じ長崎県出身であるタレント・漫画家の蛭子能収もイベント等でよく歌っている。

[編集] 脚注

  1. ^ 2010年10月19日「女神のキセキ」(テレビ東京系)
  2. ^ 「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」フジテレビ系 2000年10月13日OA
  3. ^ 2011年10月18日放送分の「中居正広の怪しい噂の集まる図書館テレビ朝日より
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