ヨアン・パブロ・エルナンデス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヨアン・パブロ・エルナンデス
基本情報
本名 ヨアン・パブロ・エルナンデス・ソアレス
階級 クルーザー級
身長 193cm
国籍 ドイツの旗 ドイツ
誕生日 1984年10月28日(28歳)
出身地 キューバの旗 キューバピナール・デル・リオ
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 28
勝ち 27
KO勝ち 13
敗け 1
引き分け 0
無効試合 0
テンプレートを表示


ヨアン・パブロ・エルナンデスYoan Pablo Hernandez、男性、1984年10月28日 - )は、ドイツプロボクサー
キューバ共和国ピナール・デル・リオ出身。現IBF世界クルーザー級王者。元WBA世界クルーザー級暫定王者

目次

来歴[編集]

アマチュア時代には、ジュニアの世界大会で数多くの実績を残し、メダルを総なめにした。2003年パンアメリカン競技大会でライトヘビー級部門で銀メダルを獲得した。

2004年にはアテネオリンピックに出場するも1回戦で敗退した。

2005年にはキューバのアマチュア国内チャンピオンになるなど多くの実績を残す。

しかし、アマチュア国内チャンピオンになってすぐに亡命。ドイツに拠点を移し、プロ活動を始める。アマチュア時代の成績は164戦137勝27敗。

プロ時代[編集]

プロ転向と同時にアマチュアでは主な階級だったライトヘビー級からクルーザー級に転向。2005年9月3日、プロデビュー。2回TKO勝ち。

2007年8月18日、ダニエル・ビスポとWBAフェデラテンクルーザー級王座決定戦に出場。1回1分1秒KO勝ちで王座獲得に成功。

同年12月29日にはWBAフェデラテンクルーザー級タイトルマッチ並びにWBCラテンアメリカクルーザー級王座決定戦でモハメド・アッザオイと対戦し、1回2分8秒KO勝ちでWBAフェデラテンクルーザー級王座の初防衛とWBCラテンアメリカクルーザー級王座の獲得に成功した。

2008年3月29日、ウエイン・ブレイスウェイトと対戦し、プロ初黒星となる3回1分52秒TKO負けを喫し、WBAフェデラテンクルーザー級王座の2度目の防衛とWBCラテンアメリカクルーザー級王座の防衛に失敗、WBAフェデラテンクルーザー級王座から陥落、WBCラテンアメリカクルーザー級王座からも陥落した。

2009年10月17日、エナド・リシナが持つIBFインターコンチネンタルクルーザー級王座に挑戦。3-0(118-110、115-113、116-112)の判定勝ちで王座獲得に成功。その後同王座は1度防衛。

2011年2月12日、スティーブ・ヘレリウスが持つWBA世界クルーザー級暫定王座に挑戦。7回に2度ヘレリウスからダウンを奪いKO勝ち。世界初挑戦ながら王座獲得に成功した。

その後すぐにWBA世界クルーザー級暫定王座を返上し、クルーザー級王座の2冠目を狙っていくことに。

2011年10月1日、スティーブ・カニンガムが持つIBF世界クルーザー級王座に挑戦し、初回にカニンガムからダウンを奪うも逆に後半はカニンガムがペースを握る試合に。しかし6回カニンガムの頭がぶつかったことによりエルナンデスが右目をカットし、エルナンデスの右目の傷口が悪化し試合続行不可能となり、2-1(58-55、59-54、56-57)の負傷判定勝ちで王座獲得に成功した[1]

2012年2月4日、カニンガムとダイレクトリマッチで再戦。4回に2度ダウンを奪いあわやKO寸前までカニンガムを追い詰めた。その後もエルナンデスペースで試合が進み、3-0(115-111、116-110が2者)の判定勝ちを収め初防衛に成功と同時に、リングマガジンから同誌世界クルーザー級王座に認定された。

2012年9月15日、バイエルンにて、カニンガムと対戦経験を持つトロイ・ロス(カナダ)と2回目の防衛戦を行い、12回判定勝ちで2度目の防衛に成功した。

2012年12月、エルナンデスは国籍をドイツに変更した。

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]


脚注[編集]

  1. ^ キューバのエルナンデスがIBF獲得 ボクシングニュース「Box-on!」2011年10月3日

外部リンク[編集]

前暫定王者
スティーブ・ヘレリウス
WBA世界クルーザー級暫定王者

2011年2月12日 - 2011年2月(返上)

次暫定王者
返上により消滅
前王者
スティーブ・カニンガム
第21代IBF世界クルーザー級王者

2011年10月1日 - 現在

次王者
N/A