ユーリー・ドロズドフ

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ユーリー・ドロズドフ(Юрий Иванович Дроздов、1925年9月19日 - )は、ソ連の軍人、チェキスト、スパイ。退役少将。12年間(1979年 - 1991年)に渡って、ソ連国家保安委員会(KGB)の非合法諜報部門、「S」局長を務め、特殊部隊ヴィンペル部隊を創設した。

経歴[編集]

ミンスクの軍人の家庭に生まれる。1944年、エンゲルス市に疎開していた第1レニングラード砲兵学校を卒業し、1945年、砲兵としてベルリンの戦いに参加。

1956年、外国語軍事大学を卒業し、KGBに移った。1957年から1963年までイリーガルとして、クライネルト、ユルゲン・ドリヴス、ルドルフ・アベルの従兄弟等の偽名でドイツで活動した。グリニケ橋でのルドルフ・アベルとフランシス・ゲーリー・パワーズの交換に立ち会っている。1963年、作戦要員完全化課程に送られる。

1964年~1968年、在北京KGB支局長。1970年代初め、フォン・ホーエンシュタインの名前で西ドイツBNDを撹乱した。1975年~1979年、駐国連ソ連副常任代表をカバーに在ニューヨークKGB支局長。

アフガニスタン侵攻時、KGB「S」局長となり、「グロム」、「ゼニート」部隊の特殊作戦を指導した。アフガニスタンでの戦訓に基づき、1981年8月、ヴィンペル部隊を創設した。

ソ連末期、アナリスト、イリーガル、外交官の役割を演じ、対外防諜に従事した。1991年、退役。

現在、情報分析会社「ナマコン」社長。諜報・特殊部隊退役者協会「ヴィンペル-ソユーズ」名誉総裁。

パーソナル[編集]

十月革命勲章、赤旗勲章、労働赤旗勲章、一等祖国戦争勲章、赤星勲章、「名誉国家保安職員」胸章、「諜報における奉仕に対する」胸章を受章。

著書[編集]

  • 「必要な仕事」(Нужная работа)
  • 「ヴィンペルは格別」(Вымысел исключен)
  • 「非合法諜報部長のメモ」(Записки начальника нелегальной разведки)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]