ユーディト・アルント

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ユーディト・アルント
Judith Arndt
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個人情報
本名 Judith Arndt
ユーディト・アルント
生年月日 1976年7月23日(35歳)
国籍 ドイツの旗 ドイツ
チーム情報
分野 ロードレース & トラックレース
役割 選手
主要レース勝利

Jersey rainbow.svg 世界選手権

個人追抜 1997
個人ロード 2004
ITT 2011
女子ワールドカップ 2008
最終更新日
2011年9月21日

ユーディト・アルント(Judith Arndt、1976年7月23日- )は、ドイツ、ケーニヒス・ヴシュターハウゼン出身の女子自転車競技選手。

目次

[編集] 来歴

世界自転車選手権ではロードレーストラックレースの両方で世界一を経験。これ以外にも、数多の実績を誇る名選手であるが、オリンピックについては過去2回、苦い思いを経験している。

2000年シドニーオリンピックロードレースの個人タイムトライアル(ITT)及びトラックレースの個人追い抜き並びにポイントレースに出場。しかし、いずれの種目も優勝候補に挙げられながら、ITTでは7位、個人追い抜きでは予選敗退、ポイントでは5位と、メダル獲得すらならなかった。

2004年アテネオリンピック。個人ロードレースと個人タイムトライアルに出場。個人ロードでは、優勝することになるセーラ・キャリガンオエノーネ・ウッドオーストラリア勢をただ一人最終周回で猛追。最後まで力強い走りを見せ、銀メダルを獲得したが、ゴール通過後、中指を立てる[1]という、挑発的なポーズを見せて後に物議を醸した。一方、その後行われた個人タイムトライアルでは11位に終わった。

アテネオリンピックについてはレース前からドイツ自転車連盟と確執状態が続いていた。その理由は、ルームメイトである、ペトラ・ロスナーを代表から外したことに起因している。中指を立てるというポーズを見せたのも、ドイツ車連に対しての抗議だったと見られている[2]。その後、アルントはこの件に関してドイツ車連に謝罪。その後行われた同年の世界選手権では、ITTでは2位、そして個人ロードでは優勝を果たすことになった。

現在も世界第一線級のロードレース選手として活躍を続けており、2008年UCI女子ロードワールドカップにおいて、初の総合優勝。2011年にはロードレース世界選手権の個人タイムトライアルを制した。

[編集] 主な実績

1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
  • ドイツの旗 ドイツ選手権・個人タイムトライアル(ITT) 優勝
2002年
  • ドイツの旗 ドイツ選手権・個人ロードレース 優勝
  • ウーマンズ・チャレンジ 総合優勝
  • レッドランズ・バイシクル・クラシック 総合優勝
2003年
2004年
2005年
  • ドイツの旗 ドイツ選手権・個人タイムトライアル(ITT) 優勝
  • Gracia - Orlova 総合優勝
  • ブエルタ・ア・カスティーリャ・イ・レオン 総合優勝
2006年
  • Gracia - Orlova 総合優勝
2007年
  • Gracia - Orlova 総合優勝
  • ツアー・オブ・ニュージーランド 総合優勝
  • テュリンゲン・ルントファールト 総合優勝
2008年
  • UCI女子ロードワールドカップ 総合優勝
  • 世界選手権
    • 個人ロードレース 3位
    • ITT 3位
  • ツール・ド・ロード 総合優勝
  • ル・ツール・デュ・モンレアル 総合優勝
  • テュリンゲン・ルントファールト 総合優勝
  • ジロ・デッラ・トスカーナ 総合優勝
2009年
  • エマクメーン・ビラ 総合優勝
2010年
2011年
  • ツアー・オブ・ニュージーランド 総合優勝
  • ジロ・デル・トレンティーノ 総合優勝
  • ドイツの旗 ドイツ選手権・個人タイムトライアル(ITT) 優勝
  • Jersey rainbow.svg 世界選手権 ITT 優勝

[編集] 脚注

  1. ^ http://www.faz.net/imagecache/{1C8E53A4-C32F-4899-B068-3DEA4091A6D7}picture.jpeg
  2. ^ http://autski.blogspot.com/2004/08/blog-post_16.html

[編集] 外部リンク

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