ユーゴトン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ユーゴトン
業種 音楽
後継 クロアチア・レコーズ
本拠所在地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国ザグレブ
事業地域 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国
ウェブサイト Official website

ユーゴトン(Jugoton)はユーゴスラビア社会主義連邦共和国で最大のレコードレーベルおよびレコード・チェーンストアであり、クロアチア社会主義共和国ザグレブに本社を置いていた。ユーゴスラビア崩壊によって独立したクロアチアではクロアチア・レコーズの社名で操業を続けている。

歴史[編集]

ユーゴトンは1947年に創設された。ユーゴトンからは、ユーゴスラビアのロック、ポップスを代表する多くのアーティストたちの作品を発売してきた。同レーベルからは、ビイェロ・ドゥグメBijelo Dugme)、アズラAzra)、エレクトリチュニ・オルガザムElektrični Orgazam)、イドリIdoli)、ハウストルHaustor)、プラヴィ・オルケスタルPlavi orkestar)、レブ・イ・ソルLeb i Sol)のアルバムや、『Paket Aranžman』などの重要なコンピレーション・アルバムが発売された。また、ユーゴトンはユーゴスラビア国外の国際的に活躍するアーティストたちの作品をユーゴスラビア国内で販売するライセンスも得ており、ビートルズエルヴィス・プレスリーローリング・ストーンズマドンナU2デヴィッド・ボウイユーリズミックスケイト・ブッシュパブリック・イメージ・リミテッドクラフトワーククイーンディープ・パープルピンク・フロイドアイアン・メイデンなどのアルバムが同レーベルから販売された。加えて、ユーゴトンはユーゴスラビア連邦全域に及ぶレコード販売網を持っていた。

ユーロビジョン・ソング・コンテスト1989の優勝者リヴァをはじめ、数多くのユーロビジョン・ソング・コンテストユーゴスラビア代表はユーゴトンと契約を結んでいた。

ユーゴスラビア崩壊が進む1990年、社名をクロアチア・レコーズへと変更した。

競合相手[編集]

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国でユーゴトンと競合した主なレコード会社には次のようなものがある:

ユーゴノスタルギヤ[編集]

ユーゴトンはユーゴスラビアの大衆文化の重要な一部を担っており、その名前はユーゴノスタルギヤの対象となっている。

マケドニア共和国スコピエショッピング・モール「Gradski Trgovski Centar」にあったユーゴトンのレコード販売店は、マケドニアのレコード会社Lithiumによって現在も同じ商号で営業を続けている[1]

また、オーストリアウィーンに拠点を置くユーゴスラビア系移民によって運営されるインターネットラジオWebTVの放送局は「ユーゴトン」と名づけられている[2]。同局ではユーゴスラビア社会主義連邦共和国時代の楽曲のほか、現代の旧ユーゴスラビア各国のポップスロック (音楽)民俗音楽などの音楽を流している。しかし、この放送局はレコード会社のユーゴトンとは無関係であり、放送される楽曲もこのレコード会社のものとは限らない。

『Yugoton』[編集]

ユーゴトンは、西側諸国への旅行が困難であった鉄のカーテン東側の国々でも人気があった。東側諸国では、西側の音楽を入手する数少ない方法の一つが、東側諸国と同じ社会主義体制をとるユーゴスラビアを訪れることであった。ユーゴスラビアは東側諸国には属さずに非同盟主義を主導し、広く西側諸国からの影響に寛容であった。これによって、ユーゴスラビアのレコード会社は東側諸国ではカルト的な人気があり、西側の大衆文化の象徴となっていた。ユーゴトンを偲んで、ポーランドでは2001年、「ユーゴトン」(Yugoton)と名づけられたコンピレーション・アルバムがZIC-ZAC Music CompanyとBMGポーランドの下で製作された。アルバムには、エレクトリチュニ・オルガザム、イドリ、バヤガ・イ・インストルクトリBajaga i Instruktori)、ハウストルHaustor)、プルリャヴォ・カザリシュテPrljavo Kazalište)、パルニ・ヴァリャクParni Valjak)などのユーゴスラビアのアーティストらの楽曲のカバー曲が収められた。収録された楽曲は、カタジーナ・ノソフスカKatarzyna Nosowska)、パヴェウ・クキズPaweł Kukiz)、オラーフ・デリグラソフOlaf Deriglasoffティモン・ティマンスキTymon Tymański)などのポーランドのアーティストによって、ポーランド語で録音されている。CDの表面には、ポーランドのアーティストたちが、イドリのヴラダ・ディヴリャンVlada Divljan)、ハウストルのダルコ・ルンデクDarko Rundek)とともに写っている。

東側諸国におけるユーゴスラビアのレコードやユーゴトンに関する描写は、東ドイツの映画『Sonnenallee』にもあり、同映画ではレコードを密輸するシーンに登場している。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]