ユベール・ヴェドリーヌ

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ユベール・ヴェドリーヌHubert Védrine1947年7月31日 - )は、フランス官僚政治家フランス社会党所属。クルーズ県サン・シルヴァン・ベルギャルド出身。

パリ政治学院フランス国立行政学院(ENA)を卒業して文化省に入る。大統領府事務総長付対外関係担当補佐官などを経て、1991年から1995年までフランソワ・ミッテラン大統領の下で大統領府事務局長を務め、外交顧問としての役割を果たした。1997年第三次コアビタシオンリオネル・ジョスパン内閣が成立すると外務大臣として入閣し、2002年まで務める。在任中にアメリカ同時多発テロ事件が起こり、アメリカ対テロ戦争に支持を与えたが、一方で「同盟すれども同調せず」の名文句で左翼ゴーリストとも言われ、フランスの独自路線を堅持した。

2002年大統領選挙ジャック・シラク大統領が再選、ラファラン内閣が成立したため外相を辞任する。後任の外相にはドミニク・ガルゾー・ド・ビルパンが就任した。尤も、ヴェドリーヌとドビルパン、シラクはアメリカの単独行動主義に反対する姿勢では共通し、ヴェドリーヌは、アメリカの一極支配をハイパーパワー Hyperpowerの用語で表現している。

外相辞任後、母校であるパリ政治学院で教鞭を執っている。

1998年シラク大統領の訪日に随行して来日している。

先代:
エルヴェ・ド・シャレット
フランス外務大臣
1997年 - 2002年
次代:
ドミニク・ガルゾー・ド・ビルパン
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