ユゼス

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Uzès
Blason d'Uzès.svg

Uzès5.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ラングドック=ルシヨン地域圏Blason région fr Languedoc-Roussillon.svg
(département) ガール県Blason département fr Gard.svg
(arrondissement) ニーム郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 30334
郵便番号 30700
市長任期 ジャン=リュック・シャポン
2008年 - 2014年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes du Pays d'Uzès
人口動態
人口 8 552人
2010年
人口密度 337人/km²
住民の呼称 Uzétiens
地理
座標 北緯44度00分48秒 東経4度25分14秒 / 北緯44.0133333333度 東経4.42055555556度 / 44.0133333333; 4.42055555556座標: 北緯44度00分48秒 東経4度25分14秒 / 北緯44.0133333333度 東経4.42055555556度 / 44.0133333333; 4.42055555556
標高 平均:167m
最低:49m
最高:274 m
面積 25.41km² (2 541ha)
Uzèsの位置
Uzès
公式サイト www.uzes.fr
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ユゼスUzès)は、フランスラングドック=ルシヨン地域圏ガール県コミューン

地理[編集]

ユゼスは32km北西のアルル、40km東のアヴィニョン、そして25km南のニームを結んで形成される三角形の中に位置する。まちはブドウ畑、オリーブ畑、そしてギャリグに囲まれている。

まちはウールの泉のある小さな谷を見下ろしている。ローマ時代にウールの水源はニームに供給されていた。水は、50kmにも及ぶ水道橋、ポン・デュ・ガールによって都市へもたらされていた。

交通[編集]

交通網から遠く離れ、ユゼス駅はまちの中心から約1.5kmの西側にある丘陵にあったが、現在は廃止されている。しかしまちはニーム、アレス、アヴィニョンやルムーランからのバス路線が通じている。

歴史[編集]

1890年に撮影されたユゼスの朝市

ユゼスの誕生は、ウールの泉からニームへと水を供給したポン・デュ・ガールの建設と一致する。ユゼスには5世紀からフランス革命まで、カトリックの司教座が置かれていた。司教座は1817年のコンコルダートで廃止された。続いて子爵領、1486年には伯爵領となり、1565年には公爵領となった。まちはユグノー戦争カミザールの乱に巻き込まれている。

1795年から1800年、まちはサン=フィルマンという、1793年の国勢調査で人口187人の集落を併合していた。革命時代にサン=フィルマンは一時的にフィルマン=レジュゼス(Firmin-les-Uzés)と改名していた。ユゼス自身も名称が変えられ、ユゼス=ラ=モンターニュ(Uzès-la-Montagne)と呼ばれていた。1800年から1926年までユゼスは郡庁所在地となっていた。

経済[編集]

ドイツの食品会社ハリボーの工場がある。スペインカンゾウ栽培文化が一帯で広まっている。

史跡[編集]

ユゼスは芸術と歴史のまちに指定され、16世紀や18世紀の見事なファサードや大邸宅のある中心部はよく保存されている。狭い石畳の通りは中世に遡る。エルブ広場は、プラタナスの木陰、アーケードを持つ住宅に囲まれ、真ん中には噴水が置かれている。

  • ユゼス城[1] - 他に類を見ない封建時代の3つの塔を備える。多様な様式を備えた複合建築
  • サン=テオドリ聖堂 - 17世紀から19世紀。ロマネスク様式の塔を備える。
  • 新教教会 - ユグノー戦争中、ユゼスにある教会10箇所が破壊された。当時のユゼスはフランス王国第5のユグノー都市であった。17世紀に廃墟から再建されたが、この時代のユグノーたちは投獄やガレー船の漕ぎ手に強制徴用されるのを恐れて信仰を隠した。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2009年
5649 6851 7078 7525 7649 8007 8339

参照元:1962年までEHESS[2]、1968年からINSEE[3][4]

出身者[編集]

脚注[編集]