ヤースーフ

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ヤースーフ
ياسوف
座標 : 北緯32度06分23秒 東経35度14分08秒 / 北緯32.10639度 東経35.23556度 / 32.10639; 35.23556
行政
パレスチナの旗 パレスチナ
 地区 ヨルダン川西岸地区
  サルフィート県
 村 ヤースーフ
地理
面積  
  村域 8.6km2
人口
人口 (2006年現在)
  村域 1,761人

ヤースーフアラビア語: ياسوف Yāsūf)は、ヨルダン川西岸地区北部サルフィート県にあるパレスチナの町で、サルフィートから7km北東に、ナーブルスから37km南西に位置する。パレスチナ中央統計局に拠ると、2006年半ばに約1761人の人口を抱えていたと言う。[1] 住民のおよそ87%が農業を収入源にしており、残りの住民は公共部門で働いている。[2]

歴史[編集]

古代~中世[編集]

ローマ支配下の時代(紀元前63年330年)、この村はヤーシュブ(Yaashuv)として知られており、ユダヤの丘(ジバール・ル=ハリール)、サマリア南部、ロッドなどの地域における、果物穀物豆果といった3品目の主要な市場であった。[3]

十字軍の時代には、ディヤーゥッディーン(Diya' al-Din、11731245)が、ヤースーフには地方モスクが1つある、と記述しており、既にその時代、村には無視できぬ程のムスリム人口があったことを示している。[4]

イスラエル・パレスチナ紛争[編集]

2009年12月11日ユダヤ人入植者の集団が狼藉を働き、ヤースーフにあるアル=カビール・モスク(Al-Kabir Mosque)を焼討した。[5] 祈り絨毯聖クルアーンは炎の中で塵と化し、放火犯は落書きを残して行った。曰く、「我々はお前たち全員を焼き殺す」、「代償を支払う覚悟をしろ」と。[6] 2、3ヶ月前、ユダヤ人入植者の過激派たちは、ユダヤ人入植地の建物が解体される度ごとに、西岸地区のパレスチナ人は「値札」通りの代償を支払わされることになるであろう、と宣言していた。[6] このモスク焼討事件に続いて、ユダヤ人は、放火に対して抗議しているパレスチナ系住民100人を発砲した。[6]

脚注[編集]

  1. ^ Projected Mid -Year Population for Salfit District by Locality 2004- 2006 パレスチナ中央統計局(英語)
  2. ^ Yassuf Village: General Information 国土研究センター(LRC)、2008年9月18日。(英語)
  3. ^ Safrai, 1994, p. 66. (英語)
  4. ^ Ellenblum, 2003, p. 244. (英語)
  5. ^ West Bank settlers set fire to mosque, Maan News, 2009年12月11日。 (英語)
  6. ^ a b c Mark Weiss (2009年12月12日). “Mosque fire leads to West Bank clash”. The Irish Times. 2009年12月14日閲覧。 (英語)

参考文献[編集]