ヤン・ヴィルスガールド

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ヤン・ヴィルスガールドJan Wilsgaard1930年 - )は、スウェーデンのカーデザイナーである。

経歴[編集]

1950年から1990年までボルボでチーフデザイナーを務めたヴィルスガールドは、1930年 [1]ニューヨークブルックリンで生まれた。[2] 彼は、共同創立者の1人アッサール・ガブリエルソンがまだ社長だった当時のボルボに入社する前に、ヨーテボリの応用美術の学校(現在のHDK)で学んだ。[3] ヴィルスガールドは、ボルボでの地位を著名なデザイナーであるピーター・ホーベリー(Peter Horbury)に後を譲った。

ヴィルスガールドは、その在任期間中にごく僅かな例外(例えばボルボ・1900スポーツとP1800クーペ)を除いて、ほぼ全てのボルボ車をチーフデザイナーとして手掛けた。 彼の最初の仕事の1つは、PVデュエット バンのリアウインドの形を改良することだった[3]、ヴィルスガールドはアマゾン、145、760と850シリーズのエステート版を続々とデザインし続けた。この期間にボルボはステーションワゴン/エステート型のボディと密接な結びつきを持つようになった。

アマゾンや144のデザインに加えてヴィルスガールドは、高評価のボルボ・164と同様にP1800クーペをエステート版へ改装した成功作の1800ESもデザインした。[2] [4] ボルボ・C30をデザインしたチーフスタジオデザイナーのサイモン・ラマーレ(Simon Lamarre)によると、「1800ESはボルボのアイコンの1つになった。」[4]

:写真で見るボルボ・164のデザインコンセプトの変遷を参照

ボルボ・140シリーズをデザインした時に[5]ヴィルスガールドは「簡潔さは美である。」という信条を用いた。[6]このデザインは車の頑丈さ、控えめな品質感を象徴していたが、後年には創造力や大胆さの欠如が指摘された。ボルボ・240シリーズのスウェーデンでの大成功に関してヴィルスガールドはこう述べたと言われている。

「(その成功は)車がまるでスウェーデン人自身の様に少し四角くばって鈍かったからでしょう。」[2]

ヴィルスガールドは現在スウェーデンのヨーテボリに住んでいる。

代表作[編集]


関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Amazonen fyller 50 år (Amazons turn 50)”. Göteborgs-Posten, July 29 2006 (in Swedish). 2008年12月13日閲覧。
  2. ^ a b c Jan Wilsgaard,Presentation of new Honourable Member, 2005”. Volvo P1800 Club of Sweden. 2008年12月13日閲覧。
  3. ^ a b Jan Wilsgaard, Designer - the man who turned the van into a station wagon”. Volvo Press Release, 50250-HR, 38400-JTR/ kse, Sep 2, 1985. 2008年12月13日閲覧。
  4. ^ a b From the Past: Volvo 1800ES, Combination of a Wagon and Sports Car Flopped in the Market, but Became Influential”. The Wall Street Journal,Dan Carney, June 30, 2007. 2008年12月13日閲覧。
  5. ^ So good a million people bought one”. The New Zealand Herald, August 19, 2006. 2008年12月13日閲覧。
  6. ^ Volvo 760 - the car that formed the foundation for the modern Volvo”. Topspeed, 02.6.2007,by Simona. 2008年12月13日閲覧。