ヤンキードゥードゥル
| ヤンキードゥードゥル | |
|---|---|
| (Yankee Doodle) | |
| Roud #4501 | |
公園の地面に記されたヤンキードゥードゥルの歌詞の冒頭
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| 作曲 | 不明 |
| 作詞 | リチャード・ショックバラ(?) |
| 発表 | 1770年代 |
| 発祥 | アメリカ合衆国 |
| 言語 | 英語 |
| ジャンル | 童歌 |
ヤンキードゥードゥル(Yankee Doodle)は、アメリカ合衆国の民謡で、独立戦争時の愛国歌である。
日本では「アルプス一万尺」の題の訳詞(歌詞の内容は無関係)で知られている。
目次 |
アメリカの愛国歌“ヤンキードゥードゥル” [編集]
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楽曲・歌詞のルーツについては不明な点が多く、オランダの北アメリカニューネーデルラント植民地における小作農たちによって、小麦などの収穫時に“Yankee Doodle”の原型となる曲が歌われたという記録もある。
また、一説によればイギリス人医師リチャード・ショックバラ(シャックスバーグ、Richard Shuckburgh)博士がフレンチ・インディアン戦争の際、イギリス軍を応援するために集まった植民地軍の服装や装備がバラバラだったので、それをからかって作詞したともいわれている。
"Yankee"とはイギリス軍がその植民地アメリカの軍隊を指して使った言葉で、"Doodle"とは「まぬけ」といった意味である。イギリスでは1775年のロンドンで、フレンチ・インディアン戦争中のヤンキー(アメリカ人)が臆病者のくせに山師であるというニュアンスの侮蔑的な歌として紹介されている。
しかしその意図に反して植民地の住民はこの歌を好み、アメリカ独立戦争が始まると原曲とは正反対の反英的な替え歌をつくった。自分たちの愛唱歌として戦いのさまざまな場面で歌い、無数のパターンの替え歌が生まれた。そして最終的には独立戦争の愛国歌として親しまれたのである。替え歌には上官をこきおろすものもあり、総司令官だったジョージ・ワシントンさえもその対象になっている。
原詞(一部) [編集]
Yankee Doodle went to town,
a-riding on a pony;
Stuck a feather in his cap
and called it macaroni.
[ Chorus ]
Yankee Doodle Keep it up,
Yankee doodle dandy.
Mind the music and the step.
And with the girls be handy!
和訳(一部) [編集]
マヌケなヤンキー(ヤンキードゥードゥル)が
子馬に乗って町へ行った
帽子に羽根を一本さすだけで
イタリア仕込みの洒落男気取り
ヤンキードゥードゥル その調子ヤンキードゥードゥル イカしてるね
音楽にあわせてステップ踏めれば
女の子たちだってイチコロだ!
演奏 [編集]
日本での演奏 [編集]
1853年7月8日、アメリカ海軍のペリー提督が東インド艦隊を率いて横須賀の浦賀に到着(黒船来航)。7月14日、アメリカ大統領フィルモアからの親書を江戸幕府の代表らに手渡すため、久里浜に海兵隊とともに上陸した。その際この曲が、音楽隊により上陸時の行進曲として演奏された。
現代の日本では、法政大学や日本の高校野球の応援団が、野球応援のチャンスパターンの1つとしてよく使用している。なお高校野球では、滋賀代表・近江高校の「勝利を掴むぞ、近江!」の演奏が特に有名となった。
ほか、阪急ブレーブスの福本豊の応援歌としても使われ、後にオリックス・ブルーウェーブとなった際にはイチローの応援歌としても使われた。
以前カメラのキタムラがコマーシャルソングとして歌詞をつけて使用していたことがある。
コンピュータウイルス [編集]
1990年代前半に流行したコンピュータウイルス「Yankee Doodle」は、ファイル感染型で、MS-DOS上で動作する。感染すると「ヤンキードゥードゥル」を演奏する。
「アルプス一万尺」 [編集]
| みんなのうた アルプス一万尺 |
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|---|---|
| 歌手 | 東京少年少女合唱隊 |
| 作詞者 | 不詳 |
| 作曲者 | アメリカ民謡 |
| 編曲者 | 石丸寛 |
| 映像 | 実写 |
| 初放送月 | 1962年8月・9月 |
| 再放送月 | 1971年8月・9月(リメイク?) |
ヤンキードゥードゥルを原曲として、日本語で登山にまつわる歌詞(おおむね甚句形式)がつけられたのが「アルプス一万尺」である。作詞者は諸説あるが不詳。児童の手遊び歌としてポピュラーな題材の一つでもある。
この歌の「アルプス」は日本アルプスのことで、「一万尺」(約3030メートル)はその高さを表す。1番の歌詞の「小槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょ」の「小槍」とは、槍ヶ岳の山頂(標高3180m = 10494尺)付近にある岩である。ただし、小槍はロッククライミングの技術がなければ登れず、頂上も非常に狭いため、実際にそこで踊るのは不可能であり、元来は仲間うちのコミックソングとしての性格が強い。
歌詞は全部で29番まであり、槍ヶ岳から西穂高岳や奥穂高岳、穂高岳をめぐり、上高地へ縦走する内容となっている。このほかにもかなり下品な甚句形式の歌詞がつけられ、さまざまな替え歌が歌われている。
コーラス部分は「ランラララ~」等とスキャットするのが通例である。
歌詞 [編集]
- 曲: 作曲者不明(アメリカ民謡)
- 詞: 作詞者不明
- アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さぁ 踊りましょ
- 昨日見た夢 でっかいちいさい夢だよ のみがリュックしょって 富士登山
- 岩魚釣る子に 山路を聞けば 雲のかなたを 竿で指す
- お花畑で 昼寝をすれば 蝶々が飛んできて キスをする
- 雪渓光るよ 雷鳥いずこに エーデルヴァイス そこかしこ
- 一万尺に テントを張れば 星のランプに 手が届く
- キャンプサイトに カッコウ鳴いて 霧の中から 朝が来る
- 染めてやりたや あの娘の袖を お花畑の 花模様
- 蝶々でさえも 二匹でいるのに なぜに僕だけ 一人ぽち
- トントン拍子に 話が進み キスする時に 目が覚めた
- 山のこだまは 帰ってくるけど 僕のラブレター 返ってこない
- キャンプファイヤーで センチになって 可愛いあのこの 夢を見る
- お花畑で 昼寝をすれば 可愛いあのこの 夢を見る
- 夢で見るよじャ ほれよが浅い ほんとに好きなら 眠られぬ
- 雲より高い この頂で お山の大将 俺一人
- チンネの頭に ザイルをかけて パイプ吹かせば 胸が湧く
- 剣のテラスに ハンマー振れば ハーケン歌うよ 青空に
- 山は荒れても 心の中は いつも天国 夢がある
- 槍や穂高は かくれて見えぬ 見えぬあたりが 槍穂高
- 命捧げて 恋するものに 何故に冷たい 岩の肌
- ザイル担いで 穂高の山へ 明日は男の 度胸試し
- 穂高のルンゼに ザイルを捌いて ヨーデル唄えば 雲が湧く
- 西穂に登れば 奥穂が招く まねくその手が ジャンダルム
- 槍はムコ殿 穂高はヨメご 中でリンキの 焼が岳
- 槍と穂高を 番兵において お花畑で 花を摘む
- 槍と穂高を 番兵に立てて 鹿島めがけて キジを撃つ
- 槍の頭で 小キジを撃てば 高瀬と梓と 泣き別れ
- 名残つきない 大正池 またも見返す 穂高岳
- まめで逢いましょ また来年も 山で桜の 咲く頃に
※「キジを撃つ」「花を摘む」は登山仲間における隠語で、それぞれ野糞をすること、女性が用を足すことである。 また「小キジを撃つ」は小用を足すことであり、槍ヶ岳の尾根が高瀬川・梓川の分水嶺であることを歌っている
みんなのうた [編集]
NHKの『みんなのうた』では1962年8月・9月に放送。編曲は石丸寛、歌は東京少年少女合唱隊、映像は実写だった。
9年後の1971年8月・9月に再放送されたが、リメイク版かは不明。
演唱 [編集]
「グッチ裕三とグッチーズ」の歌唱・演奏で、「ハイウェイ・スター」のリズムに乗せた「アルプス一万尺~ハイウェイ・スター」という作品があり、CDアルバム『ハッチポッチステーション~ベスト・オブ・江戸川サリバンショー~』に収録されている。
参考文献 [編集]
- 『音の世界史』(2000年、山川出版社) ISBN 978-4-63498700-5