ヤドヴィガ・ヤギェロンカ (1457-1502)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
バイエルン公妃ヤドヴィガ

ヤドヴィガ・ヤギェロンカJadwiga Jagiellonka, 1457年9月21日クラクフ - 1502年2月18日ブルクハウゼン)は、バイエルン=ランツフート公ゲオルクの妃。ドイツ語名はヘートヴィヒ・フォン・ポーレンHedwig von Polen)。

ポーランド王・リトアニア大公カジミェシュ4世と、その妃でアルブレヒト系ハプスブルク家出身のドイツ王アルブレヒト2世の娘であるエリーザベトの間の第2子、長女として生まれた。1475年11月14日ランツフートでゲオルクと結婚した。このときの結婚式は非常に盛大だったため、後世の人々にまで語り継がれ、2人の結婚式を模した「ランツフートの結婚式」と呼ばれる祝祭が定着した。

ヤドヴィガは夫との間に3男2女をもうけたが、1502年にヤドヴィガが、翌1503年にゲオルクが死去した時、生き残っていたのは娘2人だけだった。このためバイエルン=ランツフート公家は断絶し、ランツフート継承戦争と呼ばれる相続争いが起きた。