ヤコフ・フリエール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ヤーコフ・ヴラディーミロヴィチ・フリエールロシア語: Я́ков Влади́мирович Флие́р ヤーカフ・ヴラディーミラヴィチュ・フリイェール / Yakov Vladimirovich Flier, 1912年10月21日 モスクワ州オレーホヴォ=ズーイェヴォ - 1977年12月18日 モスクワ)は、ソビエト連邦ピアニスト・音楽教師。ユダヤ系。姓のラテン文字転写については、 Fliere もしくは Fliyer とする場合もある

モスクワ音楽院にてコンスタンチン・イグームノフに師事。1930年代までにロシアで最も著名な演奏会ピアニストとなる。シューマンショパンリストラフマニノフなど専らロマン派音楽の演奏家であったが、それでも同時代のソ連の音楽、例えばハチャトゥリアンの《ピアノ協奏曲》や、とりわけカバレフスキーの作品を演奏している。

母校のモスクワ音楽院にて長年にわたって後進を指導。主要な門人にロディオン・シチェドリンヴィクトリア・ポストニコワミハイル・プレトニョフレフ・ヴラセンコミハイル・ファエルマンベラ・ダヴィドヴィチレジーナ・シャムヴィリショシャナ・ルディアコフムーザ・ラベッカらがいる。

同世代のエミール・ギレリスとは互いに好敵手であった。1960年代から1970年代にかけて西欧でも演奏するようになった。

外部リンク[編集]