ヤクブ・ブワシュチコフスキ

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ヤクブ・ブワシュチコフスキ Football pictogram.svg
Jakub Błaszczykowski3.jpg
2011年、ポーランド代表でのブワシュチコフスキ
名前
愛称 Kuba(クバ)
ラテン文字 Jakub Błaszczykowski
基本情報
国籍 ポーランドの旗 ポーランド
生年月日 1985年12月14日(28歳)
出身地 ポーランドの旗 トルスコラシ
身長 175cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント
ポジション SH
背番号 16
利き足 右足
ユース
1993-2002 ポーランドの旗 ラコフ・チェンストホヴァ
2002 ポーランドの旗 グールニク・ザブジェ
2003 ポーランドの旗 KSチェンストホヴァ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2004 ポーランドの旗 KSチェンストホヴァ 24 (11)
2005-2007 ポーランドの旗 ヴィスワ・クラクフ 51 (3)
2007- ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント 174 (26)
代表歴2
2004 ポーランドの旗 ポーランド U-19 8 (0)
2005-2006 ポーランドの旗 ポーランド U-21 3 (1)
2005 ポーランドの旗 ポーランド B 1 (0)
2006- ポーランドの旗 ポーランド 66 (14)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年10月3日現在。
2. 2013年10月15日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ヤクブ・ブワシュチコフスキポーランド語: Jakub Błaszczykowski, 1985年12月14日 - )は、ポーランドトルスコラシ出身のサッカー選手ポーランド代表。ポジションはサイドハーフドイツ・ブンデスリーガボルシア・ドルトムント所属。ボルシア・ドルトムントではJakubの短縮形であるKubaクバ)と名前の入ったシャツを着ることからクバという愛称でも知られる。

経歴[編集]

クラブ[編集]

初期[編集]

チェンストホヴァ近郊のトルスコラシで育ち、8歳の時に兄弟のDawidと共にラコフ・チェンストホヴァen)でキャリアを開始した[1]ブワシュチコフスキは、10歳だった1996年10月に父親が自身の母親を刺殺する悲劇が起こったことで以降は祖母に引き取られて育ち[2]、その悲劇がきっかけとなってサッカーを諦めかけたが、元ポーランド代表主将で叔父のイェジー・ブジェンチェクen)の励ましにより、それから2ヶ月後にラコフ・チェンストホヴァで練習を再開した[2]。2002年にグールニク・ザブジェの下部組織、2003年から2004年末までは4部KSチェンストホヴァでプレーし、その後は、叔父の支援からヴィスワ・クラクフの入団テストに参加してヴェルネル・リチカen)監督に感銘を与えた[2]

ヴィスワ・クラクフ[編集]

4部でのプレー経験しかなかったものの、加入してすぐさま強豪チームの1軍に押し入ると、2005年3月20日のポロニア・ワルシャワ戦(5-0)で初出場を飾り初得点を記録する素晴らしいスタートを切った[3]。同2004-05シーズンにリーグ優勝、2季目はリーグ準優勝を経験こそしたものの、2季共に控えの立場であり、定位置を掴んだ3季目は8位に終わる不振のシーズンだったが、自身は、Gazeta Krakowska選出の年間最優秀マウォポルスカ県選手[4]Canal+選定のPiłkarskie Oscary年間最優秀ミッドフィルダー賞を受賞[5]し、さらにポーランドのサッカー選手協会の投票によりリーグベストイレブンに輝いて飛躍した[6]

ドルトムント[編集]

2007年、ボルシア・ドルトムントでのブワシュチコフスキ

ポーランドサッカー界の伝説的選手ズビグニェフ・ボニエクからリトル・フィーゴと評される程に国内での地位を確立して活躍する中、2007年2月22日に移籍金280万ユーロドイツ1部ボルシア・ドルトムントと7月からの4年契約を締結[7]し、クラブ首脳陣の要請によりJakubの短縮形であるKubaクバ)と名前の入ったシャツを着ることとなった[8]ブワシュチコフスキは、2008年4月19日にDFBポカールバイエルン・ミュンヘン戦で初出場を飾り、4月25日のアイントラハト・フランクフルト戦でリーグ初得点を記録した。2008年12月にポーランドの主要スポーツ紙Piłka Nożnaによる年間最優秀選手賞英語版を受賞[9]し、それから1ヶ月後の2009年1月には、ドルトムントのファンから35%以上の投票でネヴェン・スボティッチアレクサンダー・フライを抑えてチームの最優秀選手に選出される[10]等、加入してすぐさま定位置を確保して活躍を示し続けていき、2010-11シーズンにチームの7季ぶりのリーグ優勝に貢献。再度、Piłka Nożna紙による最優秀選手を受賞[11]し、ポーランドサッカー協会英語版による最優秀選手にも選出された[12]。さらに、翌2011-12シーズンではリーグ戦連覇を経験し、DFBポカール決勝のバイエルン戦(5-2)では2アシストを提供してチーム史上初の国内2冠達成に大きく貢献した[13]ことが評価されてシーズン終了後には、UEFAが主催するUEFA欧州最優秀選手賞の候補32名に選出され[14]、2012年7月24日にチームと2016年までの契約延長を勝ち取った[15]

2012-13

ユニフォームの名前をフルネームのブワシュチコフスキにして臨んだ2012-13シーズン[8]は、シーズン初戦となった2012年8月18日のFCオーバーノイラント戦(3-0)でマルコ・ロイスの先制点をアシストした後にチームの2得点目にして今季初得点を挙げ[16]、2013年1月25日の1.FCニュルンベルクとのリーグ戦(3-0)で試合開始から21分以内に2得点を挙げて首位バイエルンとの勝ち点差を9に詰めることに貢献[17]。2月3日のバイエル・レバークーゼン戦では前半9分にペナルティーキックを成功させて2-0の2点差に広げることに成功。同試合は、シュテファン・ライナルツに2得点許して一旦追いつかれるも、最終的にチームは3-2で競り勝ってレバークーゼンを追い抜き2位に浮上している[18]。3月5日のシャフタール・ドネツクとのUEFAチャンピオンズリーグ 2012-13(3-0, 2試合合計5-2)でチームの3得点目を挙げてクラブ史上15年ぶりとなる準々決勝進出に貢献[19]。シーズン終了後の6月3日に契約を2018年まで延長した[20]

2013-14

昨季のCL決勝はバイエルンに敗れて優勝を逃したのみならず、そのバイエルンが3冠を達成したことで無冠となったが、2013年7月7日のDFLスーパーカップでバイエルンを下して早速タイトルを獲得して素晴らしい新シーズンのスタートを切り、9月28日のSCフライブルク戦(5-0)でシーズン初得点、10月26日にはライバルであるシャルケ04とのルールダービー(3-1)でシーズン2得点目を挙げた[21]。同シーズンのチームは相次ぐ負傷離脱により苦戦を強いられている中、2014年1月25日のFCアウグスブルク戦で試合開始5分に右膝を痛めてピッチを去ると、翌26日に十字靭帯を損傷したことによりシーズン終了までの離脱が決定した[22]

代表[編集]

2011年、ポーランド代表でプレーするブワシュチコフスキ

2006年3月28日にパヴェウ・ヤナスen)監督の下でサウジアラビアとの親善試合でポーランド代表初出場を飾った[3]ブワシュチコフスキは、同年の2006 FIFAワールドカップの一員に選出されるかと思われたが、負傷によって辞退となった[23]。2007年8月22日のロシアとの親善試合(2-2)では、2点を先制されるもヤツェク・クジノヴェクが1得点を返した後に同点弾にして代表初得点を記録[24]UEFA EURO 2008では、予選こそ中心選手として本戦進出に大きく貢献[25]こそしたものの、またしても負傷により辞退を余儀なくされてウカシュ・ピシュチェクに出場を譲ることが決定した[25]

EURO 2012

フランチシェク・スムダen)新監督によって2010年11月17日のコートジボワール戦から主将に任命され[3]、自身のキャリア初のの公式大会となったUEFA EURO 2012でも主将を務めたブワシュチコフスキは、ギリシャとの初戦(1-1)でロベルト・レヴァンドフスキの先制点をアシストする[26]と、続くロシア戦(1-1)では長距離から同点弾を挙げて同試合の最優秀選手に選出された[27]

2014 ワールドカップ予選

ウクライナと母国の共同開催となったEURO 2012終了後の2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選では、2012年9月7日のモンテネグロ戦(2-2)、4日後のモルドバ戦(2-2)で共に先制点にしてペナルティーキックを挙げ、続くイングランド戦(1-1)で負傷により欠場となったが、ウクライナ戦(1-3)でピシュチェクの得点をアシストした。それから4日後のサンマリノ戦(5-0)では準備運動中に負傷したことで出場はなかった。6月7日のモルドバ戦(1-1)で先制点、9月10日のサンマリノ戦(5-1)で勝ち越し点を挙げ、チーム最多得点となる4得点で予選を終了した。

私生活[編集]

サッカーポーランド代表主将でバルセロナオリンピック銀メダリストのイェジー・ブジェンチェクen)を叔父[2]柔道家ヤヌシュ・ヴォイナロヴィッチをいとこに持つ[28]ブワシュチコフスキは、10歳の時に父親が自身の母親を刺殺する悲劇が起こり、以後は兄弟のDevidと共に祖母に育てられた[2]。なお、その父は殺人で15年間投獄となり、UEFA EURO 2012直前に死去している[3]。日常的に聖書を読み、頻繁に祈る敬虔なキリスト教徒として知られ[29]、毎回得点を母に捧げるために空を見上げるゴールパフォーマンスをする[30]

2010年6月に婚約者と式を挙げ[31]、2011年4月20日に娘を授かった[32]

個人成績[編集]

クラブでの出場記録[編集]

クラブ シーズン リーグ リーグ カップ 国際大会 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
KSチェンストホヴァ 2002-03 IIIリガ 2 0 2 0
2003-04 IIIリガ 13 5 13 5
2004-05 IIIリガ 9 6 9 6
ヴィスワ・クラクフ 2004-05 エクストラクラサ 11 1 4 1 15 2
2005-06 エクストラクラサ 17 0 2 0 1 0 20 0
2006-07 エクストラクラサ 23 2 1 1 8 0 32 3
ボルシア・ドルトムント 2007-08 ブンデスリーガ 24 1 3 0 27 1
2008-09 ブンデスリーガ 27 3 0 0 2 0 29 3
2009-10 ブンデスリーガ 32 1 2 0 34 1
2010-11 ブンデスリーガ 29 3 1 0 7 0 37 3
2011-12 ブンデスリーガ 29 6 6 0 5 1 40 7
2012-13 ブンデスリーガ 25 11 4 2 9 1 38 14
通算 KSチェンストホヴァ 24 11 - - - - 24 11
通算 ヴィスワ・クラクフ 51 3 7 2 9 0 67 5
通算 ボルシア・ドルトムント 166 25 16 2 23 1 205 29

代表での得点[編集]

 #  日時 場所 相手 スコア 結果 大会
1. 2007年8月22日 ロシアの旗 モスクワ  ロシア
2–2
2–2
親善試合
2. 2008年10月11日 ポーランドの旗 ホジュフ  チェコ
2–0
2–1
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
3. 2010年3月3日 ポーランドの旗 ワルシャワ  ブルガリア
1–0
2–0
親善試合
4. 2010年10月9日 アメリカ合衆国の旗 シカゴ  アメリカ合衆国
2–2
2–2
親善試合
5. 2011年8月10日 ポーランドの旗 ルビン  グルジア
1–0
1–0
親善試合
6. 2011年9月6日 ポーランドの旗 グダニスク  ドイツ
2–1
2–2
親善試合
7. 2011年10月7日 韓国の旗 ソウル  韓国
2–2
2–2
親善試合
8. 2011年10月11日 ドイツの旗 ヴィースバーデン  ベラルーシ
1–0
2–0
親善試合
9. 2012年6月2日 ポーランドの旗 ワルシャワ  アンドラ
3–0
4–0
親善試合
10. 2012年6月12日 ポーランドの旗 ワルシャワ  ロシア
1–1
1–1
UEFA EURO 2012
11. 2012年9月7日 モンテネグロの旗 ポドゴリツァ  モンテネグロ
0–1
2–2
2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
12. 2012年9月11日 ポーランドの旗 ヴロツワフ  モルドバ
1–0
2–0
2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
13. 2013年6月7日 モルドバの旗 キシナウ  モルドバ
0–1
1–1
2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
14. 2013年9月10日 サンマリノの旗 セラヴァッレ  サンマリノ
1–2
1–5
2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選

タイトル[編集]

クラブ
ポーランドの旗 ヴィスワ・クラクフ
ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント
個人

脚注[編集]

  1. ^ "Narodziny gwiazdy ?Białej Gwiazdy?"
  2. ^ a b c d e "Kuba Błaszczykowski: Siedem pechów Kuby"
  3. ^ a b c d "From personal tragedy to national hero: The extraordinary story of Jakub Blaszczykowski"
  4. ^ "Błaszczykowski najlepszym piłkarzem Małopolski"
  5. ^ "Piłkarskie Oscary dla Kuby i Clebera"
  6. ^ "Wyniki wyborów" pzp.info.pl
  7. ^ "BVB holt Blaszczykowski"
  8. ^ a b "Wraca nazwisko. Czy w Borussii?"
  9. ^ "Błaszczykowski najlepszym piłkarzem roku"
  10. ^ "Błaszczykowski piłkarzem roku w Borussii"
  11. ^ "Błaszczykowski piłkarzem roku!"
  12. ^ "Wyniki plebiscytu na najlepszych zawodników 2010 roku"
  13. ^ "ドルトムントがクラブ史上初の国内2冠"
  14. ^ "UEFA欧州最優秀選手賞の候補32名が選出"
  15. ^ "ドルトムント、ブワシュチコフスキと契約延長"
  16. ^ "SHOCK FOR HOFFENHEIM AS DFB CUP CRANKS INTO GEAR"
  17. ^ "清武フル出場も、ドルトムントに0ー3"
  18. ^ "ドルトムント、レバークーゼンを抜いて2位へ"
  19. ^ "ドルトムント、ホームでシャフタールを圧倒"
  20. ^ "ブワシュチコフスキがドルトムントと契約延長"
  21. ^ "ドルトムントが昨季のリベンジ、敵地でルールダービー制す 内田はフル出場"
  22. ^ "ブワシュチコフスキが十字靭帯を損傷"
  23. ^ "Janas: Błaszczykowski i Janczyk mogli jechać na mundial"
  24. ^ "共同開催国ポーランドがロシアに挑む"
  25. ^ a b "UPDATE 1-Soccer-Euro-Poland's Blaszczykowski out of finals"
  26. ^ "開幕戦は大波乱! 10人同士の激戦はドローで終了"
  27. ^ "'Kuba' crowned for captain's performance"
  28. ^ "Polski judoka: Do Londynu po złoto"
  29. ^ "Odważna deklaracja "Kuby". Nowy Citko?"
  30. ^ "香川同僚「クバ」千金弾/欧州選手権"
  31. ^ "Błaszczykowski wziął ślub. Zobacz jego miłość!"
  32. ^ "Kuba Błaszczykowski został ojcem. Zostanie mistrzem?"
  33. ^ "Kuba Błaszczykowski wygrał plebiscyt Sportu"
  34. ^ "Jakub Błaszczykowski wygrał plebiscyt "Sportu""

外部リンク[編集]