モー・バーグ

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モーリス・モー・バーグ(Morris "Moe" Berg、1902年3月2日 - 1972年5月29日)はアメリカ野球選手(ボストン・レッドソックスシカゴ・ホワイトソックス等のキャッチャーである。また、アメリカ軍の戦略諜報局(OSS)[1]やその後身の中央情報局(CIA)などアメリカのスパイであったことでも知られる。ニューヨーク出身。プリンストン大学を優等で卒業。コロンビア大学法科大学院卒。

日本語を含む12カ国語を話し、毎日10種類の新聞を読んだ。スポーツ記者からは「野球界で最も頭のキレる男」、「歴史上、最も異色なメジャーリーグ野球選手」と呼ばれたりもした。

1934年日米野球のためメジャーリーグ選抜として来日した際、11月29日に大宮球場で開催された試合を欠場して、東京・明石町聖路加国際病院の屋上から東京市街一円を16ミリカメラで撮影し、この時に撮影された映像は8年後の1942年に行なわれたドーリットル空襲に利用された。初回来日時には、他の2名の選手と共に、東京六大学を巡回し、「野球セミナー」を行った。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 読売新聞 2008年8月15日「J・フォード監督の名も、米CIA前身の工作員名公開

関連項目[編集]

外部リンク[編集]