モーデカイ・バートリー

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モーデカイ・バートリー(Mordecai Bartley1783年12月16日 - 1870年10月10日)はアメリカ合衆国オハイオ州ホイッグ党の政治家である。 第18代オハイオ州知事。 バートリーは彼の子であるトーマス・バートリーの後を継いだという、アメリカ合衆国の高い地位で起きた珍しい例である。

バートリーはペンシルベニア州ファイエット郡で生まれた。 バージニア州の学校を出た後、オハイオ州ジェファーソン郡に移る。 米英戦争ではウィリアム・ハリソン将軍の下で従軍、マンスフィールド近くオハイオ州リッチランド郡に移った。 農業に就いて、1816年から1818年まで州上院議員の地位にあった。 1822年に連邦下院議員に選出され、1830年に再指名されるのを辞退するまで4期務めた。 ホイッグ党が当初指名するも辞退したDavid Spanglerに替わって1844年、知事に立候補した(バートリーの子は民主党員)。 バートリーは引退するまで1844年から1846年までの1期を務めた。

先代:
トーマス・バートリー
オハイオ州知事
1844年 - 1846年
次代:
ウィリアム・ベッブ