モーザ・ドゥーグ

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モーザ・ドゥーグ[1]、モディ・ドゥー、マーザ・ドゥー(マン島語: moddey dhoo[2]; 音写: "mauthe doog"[3]; 発音: /mauthe dhow/ [2]; /moor tha doo/[4])は、ケルト語系 マン語で「黒い犬」を意味し[2]マン島の西岸に建つピール城英語版に出没したといわれる伝説の毛深い黒妖犬をさす[5]。旧年の伝説では大きめのスパニエル種犬ほどの大きさの黒犬とされている。

後年では、一般にマン島に出現した黒犬の姿の怪異のことをいう。モーザ・ドゥーグを 「仔牛ほど大きく、ピューター製の皿ような眼をした」(Killip 1976)[6][7]だとする描写は、おそらく近年つくられたものであろう。「仔牛大」という#目撃例(Gill 1932)は郷土史家ギルが採集しており、また、アスビョルンセンモー英語版ノルウェー民話集トロールの目をピューター皿に喩えるくだりがみえる。

古い刊行本の表記を引き継いで「モーザ・ドゥーグ」と表記されているが、この「ドゥー(グ)」はケルト語系で「黒色」を意味する語であり、「ドッグ(犬)」の意味ではない。

旧年の伝説[編集]

18世紀のマン島在住の郷土史作家 ジョージ・ウォルドロン英語版による記述が、ピール城の黒犬の伝説にまつわる唯一の確固たる情報源のようである。その著書『マン島の歴史と描写』(仮訳題名)では、この怪異は次のように伝えられている[3]

(マン島の人たち)が言うには、彼らの言語でモーザ・ドゥーグ(Mauthe Doog)と呼ばれる大きな黒いスパニエル種犬の姿をした巻毛が毛むくじゃらな亡霊がおり、ピール城に化けて出たという。(城の)各室でたびたび目撃されたが、とくに守衛室におり、燭台が灯されるや、やってきて、兵士らの目前で、火元の近くに横たわるのである。(兵士たち)は、見るの慣れっこになっていて、そいつが最初に現れた頃にとらわれた恐怖は薄らいでしまっていたが、それでもそれなりの畏怖をいだきつづけていて、危害を及ぼす許可(正当理由?)を待ちうかがっている悪霊なのだと思っていたから、そいつと居合わせた時には、みだりに(神を冒涜するような)罵言はけっして吐かなかった。

George Waldron, History and Description of the Isle of Man (初版 1731年) 1744年版, p.23

ピール城からは、一本の通路が教会の地所を突っ切って、守衛隊長の住棟(apartment of the Captain of the Guard)と連絡していたが、「モーザ・ドゥーグは、いつも日暮れとともにその通路からあらわれ、朝がおとずれると、またそこへ戻っていった」[8]

城の守衛たちは、毎日交代で誰かが最後に城門を施錠して、例の通路をとおり、守衛隊長に鍵を渡す務めになっていたが、犬に用心して、仲間内のあいだでは、かならずあくる日の当番が同伴して二人制でおこなうようにしていた。ところが、あるときひとりの守衛が泥酔し、黒妖犬なんのそのと、当番でもないのに鍵を引っつかんで、通路に入ってしまった。不気味な音がしたが、誰も確かめに行くものはいない。その男がやがて守衛房にもどってくると、あきらかに恐怖にさらされた様子で、何がおこったのか口を聞くこともできなかった。そのまま三日もたつと死んでしまったという。その男の四肢や容貌はみにくくゆがんでいて、自然死ではない苦しい死に方をしたのだとされた。

モーザ・ドゥーグはウォルター・スコットが、連作ウェイヴァリー集の一篇、『 ピークのペヴァリル英語版 』 (1823年)のなかで "Manthe Dog" を紹介したことから、一般にも知られるようになった。ただしスコットは小説にあわせて設定を変えており、大きな毛むくじゃらの黒いマスチフ犬だとして、体形を大型に変えている[9][10]

近代の目撃例[編集]

モーザ・ドゥーグの位置
ラムジー近郊(Milntown corner)
バラモダ
ハドン・ヒル
ピール城
マン島の黒犬ホットスポットBlack Paw.svg

W・ウォルター・ギル(William Walter Gill, 1963年没)が収集した『マン島のスクラップブック』という風土史では、ピール城ではないが、島のあちこちで不気味な黒犬が目撃されたという報告や、証言を記録している。

マルー英語版教区[11]では、バラモダ村(Ballamodha; 原文: Ballamodda)の「道路のロビン」(マン島語: Robin y Gate)という名の野原に、普通種のモーザ・ドゥーグが出現したといわれ[12]、バラギルバート・グレンまたはキンリーの谷(Ballagilbert Glen; Kinlye's Glen)と呼ばれる谷の東側に建つ農家に通じる小道には、ハンゴー・ヒル(Hango)で見られるのと同様の首なしのモーザ・ドゥーグが潜んでいたという[13]

ギルは、また、ラムジー英語版町の近郊の、"Milntown corner" (近値座標:北緯54度19分16秒 西経4度24分18秒 / 北緯54.3212度 西経4.4050度 / 54.3212; -4.4050)という場所の目撃談を記録する。1927年、著者の友人が道すがらにすれちがった犬は、グレン・オールディン(Glen Auldyn; 原文: Glen Aldyn)の方向に向かっていったのであるが、「黒く、長く毛深い体毛で、目は火にくべた炭のようだった」と証言されている。また、1931年、ある町医者が、夜半、車を運転中にこの街角を過ぎると、そこにいたのは「大型の黒犬のような生き物で、仔牛にせまる大きさだった」 [14]

大衆文化[編集]

関連項目[編集]

  • ルシェン城 英語版 (Waldron 1744 では "Castle Russin" と表記する。かつて妖精・巨人・小人の居城だった話 p.8-; 子供殺しで処刑された女の幽霊, p.70.)

参照[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 井村君江2008 索引公開ページより
  2. ^ a b c "Moddey Dhoo (pronounced Mauthe Dhow)signifying in English, the 'Black Dog'"Booth 1856, p. 191
  3. ^ a b Waldron 1744, Hist. and Descrip. of the Isle of Man, 2nd ed., p.23ff. "They say, that an Apparition called, in their language, the Mauthe Doog, in the shape of a large black spaniel with curled shaggy hair..,(以下省略)"
  4. ^ Katharine Mary Briggs, An Encyclopedia of Fairies, Pantheon Books, 1976, p.301
  5. ^ Mackillop 1998, moddey dhoo. "..inhabit the halls of Peel Castle on the west coast of the island."
  6. ^ Killip, Folkore of the Isle of Man, p. 150 "as big as a calf and with eyes like pewter plates"
  7. ^ Mackillop 1998事典
  8. ^ Waldron 1744, p.24, "I forgot to mention..the Mauthe Doog was always seen to come from that passage at the close of day, and return to it again as soon as the morning dawned".
  9. ^ Scott 1823, Peveril of the Peak, I, p.241, "Manthe Dog -- a fiend, or demon, in the shape of a large, shaggy, black mastiff"
  10. ^ スコットがウォルドロンの著書を読んで応用したことは、Scott 1823 "author's notes", p.295-を見れば明らかである。この小説は、Andrew Langによる編本1893年版)を参照すると、アンドルー・ラング世界童話集で有名な妖精の権威の考察も添えられている。
  11. ^ 発音については:Celtic Names Glossary”. Druidic Circle. 2012年3月19日閲覧。"Malew — (mah-LOO) from Old Irish ma "my" + the god-name Lugh. Early Manx saint; Kirk Malew (Malew Church) is dedicated to him. "
  12. ^ Gill 1929, chapter 4, p.319- "ordinary moddey dhoo.. "
  13. ^ Gill 1929, chapter 4, "Kinlye, ... the surname usually pronounced " Kinley "; "..lurked a moddey dhoo, headless like that at Hango.";
  14. ^ Gill 1929, chapter 6, p.254. 友人:"black, with long shaggy hair, with eyes like coals of fire"; 医者:"a big black dog-like creature nearly the size of a calf, with bright staring eyes."

参考文献[編集]