モーガン・バークハート

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モーガン・バークハート
Morgan Burkhart
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミズーリ州
生年月日 1972年1月29日(42歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 左投両打
ポジション 一塁手外野手
初出場 MLB / 2000年6月27日
NPB / 2002年3月30日
最終出場 MLB / 2003年7月2日
NPB / 2002年6月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

モーガン・バークハートMorgan Burkhart , 1972年1月29日 - )は、元プロ野球選手内野手外野手)。2002年福岡ダイエーホークスに在籍した。

来歴・人物[編集]

セントラル・ミズーリ大学から1995年独立リーグフロンティアリーグリッチモンド・ルースターズに入団。1996年から、3年連続でMVPを獲得する。その活躍が認められ1999年ボストン・レッドソックスとマイナー契約。2000年2001年にはメジャー昇格を果たし、2000年には4本塁打を記録。その長打力に目をつけたダイエーが、大阪近鉄バファローズの優勝が決まった翌日(9月27日)という異例の早さで獲得を発表した。ダイエーがレッドソックスと友好協定を結んで以来、レッドソックスルートで獲得した初めての外国人であった。

バットを地面と垂直に立て、その立てたバットを身体に密着させるという、変わったバッティングフォームであった。スイッチヒッターということもあり、監督の王貞治は「それほどホームランを打つわけではないが、3割を残すタイプ」と評していたが、実際には巨漢の見た目通りの長距離打者であった。身長・体重は180cm102kgと公称されていたが、実際には身長が170cm台で、体重はそれ以上に重かった。このことから、よく似た体格で1994年にダイエーに所属したブライアン・トラックスラーの再来との声もあったが、活躍が短かったこともありあまり話題にはならなかった。

非常に一生懸命な性格であり、春季キャンプでは若手選手対象に行われている夜間練習に自主参加したこともある。王貞治監督も「今まで何十人も外国人選手を見てきたが、こんな選手は初めてだ」と語った。また、煙草も一切やらない、真面目な性格でもあった。

開幕戦では、3打席連続三振の後、同点で迎えた8回裏に来日初安打を決勝ソロで飾るなど、4月までに8本塁打を放つ活躍を見せた。しかし、5月に入ると5月5日日本ハム戦から5月11日のロッテ戦にかけて、野手として当時のプロ野球ワーストタイ記録となる8打席連続三振を喫するなどさっぱり打てなくなり6月には2軍落ち。その後は故障で帰国し、そのまま退団となった。

2004年のシーズン終盤にシカゴ・ホワイトソックス傘下のAAA級シャーロットに移籍した時、バークハートと同じ年に同じく1年だけダイエーに所属した養父鉄と再会した。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000 BOS 25 95 73 16 21 3 0 4 36 18 0 0 0 1 17 4 1 25 1 .288 .424 .493 .917
2001 11 34 33 3 6 1 0 1 10 4 0 0 0 0 1 0 0 11 1 .182 .206 .303 .509
2002 ダイエー 42 140 126 14 27 1 0 9 55 18 0 0 0 0 9 1 5 40 3 .214 .293 .437 .729
2003 KC 6 16 15 1 3 0 0 0 3 1 0 0 0 0 1 0 0 2 0 .200 .250 .200 .450
MLB:3年 42 145 121 20 30 4 0 5 49 23 0 0 0 1 19 4 1 38 2 .248 .352 .405 .757
NPB:1年 42 140 126 14 27 1 0 9 55 18 0 0 0 0 9 1 5 40 3 .214 .293 .437 .729

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 54 (2000年 - 2001年)
  • 4 (2002年)
  • 33 (2003年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]