モンティ・パイソン
| モンティ・パイソン Monty Python |
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|---|---|
| メンバー | グレアム・チャップマン ジョン・クリーズ テリー・ギリアム エリック・アイドル テリー・ジョーンズ マイケル・ペイリン |
| 別名 | パイソンズ |
| 結成年 | 1969年 |
| 活動時期 | 1969年 - 1983年 |
| 出身 | ケンブリッジ大学、オックスフォード大学のコメディサークル |
| 影響 | ザ・グーン・ショー ビヨンド・ザ・フリンジ |
| 出会い | 大学や互いの番組で |
| 現在の活動状況 | グレアム・チャップマンの死に伴い解散状態 |
| 芸種 | スケッチ・コメディー (風刺、シュルレアリスム、ブラックコメディ) |
| 過去の代表番組 | 『空飛ぶモンティ・パイソン』 映画: 『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』 『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』 『ライフ・オブ・ブライアン』 『人生狂騒曲』 |
| 公式サイト | PythOnline |
モンティ・パイソン(Monty Python)は、イギリスの代表的なコメディグループ。明らかにモンティ・パイソンを話題にしている場合、単にパイソンズと言うこともある。 『オックスフォード英語辞書』には「Pythonesque」という語が収録されている。
目次 |
[編集] 概要
1969年から始まったBBCテレビ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』で人気を博し、その後もライブ、映画、アルバム、書籍、舞台劇等で活躍の場を広げ、その爆発的なインパクトはメンバー個人をスターの座に押し上げた。そのスケッチとスケッチの境界線をなくしたルーズな構成と革新的なスタイルは、アメリカのコメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』等あらゆるジャンルのポップ・カルチャーに大きな影響を与え、「コメディ界におけるビートルズ」と表現された。
日本でも1976年から、東京12チャンネル(現テレビ東京)で、深夜に『空飛ぶモンティ・パイソン』の吹替版が放送され、広川太一郎などの芸達者な声優陣が参加していたこともあり、カルト的な人気を博した。
グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリン、エリック・アイドル、テリー・ギリアムの六人で構成される(ニール・イネスやキャロル・クリーヴランドを「7人目のパイソン」と表現することもある)。
1989年10月4日、グレアム・チャップマンの死に伴い事実上の解散。奇しくも結成20周年前日のことであった。ただしチャップマンは遺灰としてその後も時々姿を見せている。
2009年、アメリカ合衆国のケーブルTVチャンネルIFC(Indipendent Film Channel)で同年10月に放送されるドキュメント番組『Monty Python: Almost the Truth (The Lawyer's Cut)』 のために再結成されることが発表されている。
同じ1960年代に活躍したビートルズとは親交が深く、リンゴ・スターは作品に出演。ジョージ・ハリスンは特にアイドル、ペイリンと親しく、映画に出資した。ジョン・レノンは、死の2日前にインタビューで「もし生まれ変われるのなら、ビートルズではなくモンティ・パイソンのメンバーになった方がある意味では幸せなのかもしれない」とファン振りを告白していた。
「シャーロキアン」「ポッタリアン」「ビートルマニア」と同様、彼らの熱狂的ファンのことを「パイソニア」と呼ばれている。
[編集] 結成のきっかけ
ケンブリッジ大学のコメディーサークル「ケンブリッジ・フットライツ」に同時期に入団していたグレアム・チャップマンとジョン・クリーズ、2人の卒業後に「フットライツ」で活動したエリック・アイドル、そしてオックスフォード大学のコメディーサークル「オックスフォード・レビュー」で出会ったテリー・ジョーンズとマイケル・ペイリンは、それぞれ舞台を踏んでいた。その時点ですでにメンバーのほとんどは面識があり、例えばテレビ番組『フロスト・レポート』には、ギリアム以外の全てのメンバーが参加していた。
1967年に、クリーズとチャップマンが参加していたTVコメディ『アット・ラスト・ザ・1948ショー(At Last the 1948 Show)』と、アイドル、ジョーンズ、ペイリン、アニメーターとしてテリー・ギリアムが参加(加えて、ニール・イネス率いるボンゾ・ドッグ・バンドも出演)していた子供向けTVコメディ『ドゥ・ノット・アジャスト・ユア・セット(Do Not Adjust Your Set)』が並行して放送されていた。
互いの番組のファンであった彼等は、グループを結成し、BBCにて『空飛ぶモンティ・パイソン』を製作することになった。
[編集] メンバー
- グレアム・チャップマン (吹替:山田康雄→安原義人)
- ケンブリッジ大学卒。大学のコメディーサークル「ケンブリッジ・フットライツ」でクリーズと出会い、コンビを組んでスケッチを書いた。
- 医師免許保有であり、スプラッターでショックのあるアイデアを好んだ。
- 警察官や軍人、医者といったなんらかの権力を持つ人物の役を得意とする。ゲイであることをカミングアウトし、ゲイの人権を守る活動家としても活躍した。登山家でもある。一時期重度のアルコール中毒(特にジン)のために撮影に支障を来たす事が多かった。
- 脊髄ガンで1989年に没し、これを機にパイソンズは解散状態となった。
- 『Live At Aspen』では遺灰で登場(?)したが、テリー・ギリアムにぶちまけられ、しまいには掃除機で吸われてしまった。
- ジョン・クリーズ (吹替:近石真介→納谷悟朗→納谷六朗(納谷悟朗の代役))
- ケンブリッジ大学卒で、「ケンブリッジ・フットライツ」でチャップマンと出会いコンビを組んだ。
- 会話中心の、論理性のあるスケッチを好んで執筆した。
- 弁護士資格を持ち、弁護士、官僚、アナウンサーなどの高圧的な役を多く演じた。ヒトラーのモノマネのような激しい怒りの演技や、正反対に無表情で自虐的な演技を得意とする。196cmと非常に長身。その長身と関節の柔らかさを生かした「バカ歩き」(Silly Walk)は有名。
- 他のメンバーからは「コントロール・フリークである」と評され、気難し屋でメンバー中もっとも扱いにくい存在であったという。『空飛ぶモンティ・パイソン』の第4シリーズには参加しなかったが、その後の映画には参加した。
- エリック・アイドル (吹替:広川太一郎)
- ケンブリッジ大学卒で、「ケンブリッジ・フットライツ」ではプレジデント(代表)をもつとめた。
- 大学では言語学を学び、言葉遊びやジョークを駆使した短いモノローグ的なスケッチを多く執筆。コンビは組まず、一匹狼であった。
- ビートルズも一目置くほどの音楽の才能があり、音楽を盛り込んだスケッチも多かった。自ら作詞、作曲、歌唱を行い、映画でも楽曲を多数発表した。
- 商才もあり、『スパマロット』のプロデュースやオフィシャルサイト「パイソンライン」の運営もこなす。
- テリー・ジョーンズ(吹替:飯塚昭三)
- オックスフォード大学卒で、コメディーサークル「オックスフォード・レビュー」においてマイケル・ペイリンと出会い、コンビを組む。
- ビジュアル系で映画的なスケッチを好んで執筆した。また女装したオバさんキャラクター(ペッパーポット)に特に冴えを見せる。
- ジョーンズもまたコントロール・フリークであり、意見の違いからクリーズとぶつかり合うことが多かった。また、番組を自ら編集したり、映画の全作で監督をつとめるなど、演出にもっともこだわっていた。
- マイケル・ペイリン(吹替:青野武)
- オックスフォード大学卒で、「オックスフォード・レビュー」で出会ったジョーンズとコンビを組む。
- クリーズには「パイソンズで唯一本物の俳優」と評され、様々な役柄をこなしている。
- 温和で明るく、憎めない性格であり、ルックス通りの好人物として知られている。
- テリー・ギリアム (吹替:古川登志夫→飛田展男(PC用のみ))
- メンバー唯一のアメリカ人であり、オクシデンタル大学卒。美術を学ぶも、もっぱらマンガばかり描いていた。
- スケッチ間を繋ぐカットアウト(切り貼り)・アニメーション(俗に「ギリアメーション」と呼ばれる)の製作を担当し、テレビ局で徹夜することもしょっちゅうだったという。本編にはほとんど端役としてのみ出演。
- 『ホーリー・グレイル』を監督後、演出の道に進み、高名な映画監督となった。
[編集] メンバー間の確執
基本的にチャップマン&クリーズ(ケンブリッジ組)の「バカバカしさの中にある論理」と、ジョーンズ&ペイリン(オックスフォード組)の「問答無用のバカバカしさ」、アイドルの「言葉のための言葉遊び」のスケッチがメンバー内で議論されて採用されるかどうかが決まる。ギリアムはアニメ製作のためにスケッチは考えていない。特にクリーズとジョーンズは見解の相違が顕著で、物(タイプライター等)を投げ合うようなけんかをしている。更に一時期クリーズが脱退したのも、ジョーンズのあまりに強引な手法に嫌気がさしたというのが通説である。ちなみにジョーンズがクリーズを追い出したというわけではなく、むしろ6人メンバーにもっともこだわっていたのがジョーンズであった。クリーズは第二シリーズのころにはパイソンズでの活動に飽き始めていたらしく、新しいコメディを求めて離脱した、というのが大まかな流れである。
[編集] 関係者
- イアン・マクノートン
- パイソンズの先輩であるコメディアンスパイク・ミリガンの番組『Q5』を監督したことがきっかけでコメディ番組の演出を始める。TVシリーズや映画『アンド・ナウ』を監督し、その後も演出家として活動した。2003年1月、自動車事故で死亡。
- ジョン・ハワード=デイビス
- 第1シリーズの第1話~4話のみを監督。その後クリーズと共に『フォルティ・タワーズ』を制作した。『Mr.ビーン』など傑作コメディ・シリーズを多数演出。
- ニール・イネス
- 1944年、エセックス生まれ。基本的に音楽担当であるが、ジョン・クリーズの代理のスケッチライターとして最終シリーズに参加しており、『7人目のパイソン』と呼ばれている。イギリスのロック・バンド「ボンゾ・ドッグ・ドー・ダー・バンド」のリーダー。上述のエリック・アイドルと共にラトルズのメンバーでもある。
- キャロル・クリーヴランド(吹替:松金よね子)
- 1942年ロンドン生まれ。アメリカ育ち。ニール・イネスと同様『7人目のパイソン』とも呼ばれる。初めは数話分の契約だったが、パイソンズがその演技力を認め、結局全シリーズを通して出演した。番組では女性役でも大抵はパイソンズが演じてしまうのだが特に女性特有のセクシーさなどを前面に出したキャラクターを登場させる時には彼女が起用されている。
- デヴィッド・シャーロック
- ゲイであるチャップマンと23年間生活を共にし、『チーチ&チョン イエロー・パイレーツ』など幾つもの作品を共同で執筆した。
- コニー・ブース(吹替:沢田和子)
- 1944年、インディアナ州生まれ。クリーズの元妻。キャロルのようにセクシーな女性を演じる。離婚の原因は不明だが、離婚後も女優活動を続け、『オックスフォードの恋』ではヒロインの母親役でペイリンと久々の共演を果たした。
- イアン・デヴィッドソン
- メンバーと交友関係があり、TVシリーズで登場人物がメンバー(6人)の人数を超えてしまうスケッチがある場合に何度も出演した。
- ミセス・アイドル(リン・アシュレイ)
- TVシリーズ放送当時のアイドルの妻。何度かTVシリーズに出演している。役柄はコニー・ブースと大差ない。
[編集] 出演作品
[編集] テレビ番組
- 空飛ぶモンティ・パイソン Monty Python's Flying Circus (1969年 - 1974年)
- 空飛ぶモンティ・パイソン ドイツ版 Monty Python's Fliegender Zirkus (1972年)
- モンティ・パイソン傑作選 パーソナル・ベスト Monty Python's Personal Best (2006年)
[編集] 映画
- モンティ・パイソン・アンド・ナウ And Now for Something Completely Different (1971年)
- モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル Monty Python and the Holy Grail (1975年)
- ライフ・オブ・ブライアン Monty Python's Life of Brian (1979年)
- モンティ・パイソン・ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウルMonty Python Live at The Hollywood Bowl (1982年)
- 人生狂騒曲 Monty Python's Meaning of Life (1983年)
[編集] 主なライブ・舞台
- Monty Python Live at The Theater Royal, Durury Lane (レコードにもなっている。1974年)
- Monty Python Live at The City Center (レコードにもなっている。1976年)
- ザ・シークレット・ポリスマンズ The Secret Policemans (イギリスのコメディアンたちによるチャリティーライブ、1976年~)
- モンティ・パイソン ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル Monty Python live at The Hollywood Bowl (1980年)
- スパマロットMonty Python's Spamalot (『ホーリー・グレイル』を元にしたミュージカル。エリック・アイドルがプロデュース。2005年~)
- ノット・ザ・メシア Monty Python's Not the Messiah (He's a Very Naughty Boy) (『ライフ・オブ・ブライアン』を元にしたオペラ。2007年~)
[編集] ドキュメンタリー
- ザ・パイソンズ The Pythons (『ライフ・オブ・ブライアン』撮影時、結成10周年。1979年)
- モンティ・パイソン・ライブ・アット・アスペン Monty Python Live at Aspen (アメリカのアスペンでのイベントでメンバーが集合、1998年)
- パイソン・ナイト Python Night - 30years Of Monty Python (結成30周年、1999年)
- モンティ・パイソン・アンソロジー Monty Python : Almost the Truth (Lawyer's Cut) (結成40周年、2009年)
[編集] 主なレコード
- Monty Python`s Flying Circus (TV版のスケッチや歌を収録、1970年)
- Another Monty Python Record (スケッチアルバム第2弾、1971年)
- Monty Python`s Plevious Record (アルバム第3弾、1972年)
- Monty Python Matching Tie And Handkerchief (第4弾、世界初の3面LP、1973年)
- Monty Python`s Contractual Obligation Album (映画のアルバムを除けば最後のオリジナルアルバム、書籍にもなっている。1980年)
- The Album of the Soundtrack of the Trailer of Monty Python and the Holy Grail (『ホーリー・グレイル』のアルバム、1975年)
- Monty Python's Life Of Brian (『ライフ・オブ・ブライアン』のアルバム、1979年)
- Monty Python's The Meaning Of Life (『人生狂騒曲』のアルバム、1983年)
- (CD)Monty Python Sings (アイドルのプロデュースしたベスト盤アルバム、1989年)
[編集] 主なゲーム
- Monty Python's Complete Wast Of Time (CD-ROMゲーム、ギリアムがプロデュース。1994年)
- Monty Python And The Quest For The Holy Grail (第2弾、『ホーリー・グレイル』のイメージを使用、日本語版も発売、1996年)
- Monty Python's The Meaning Of Life (『人生狂騒曲』のイメージを使用、1997年)
[編集] 主な書籍
- Monty Python's Big Red Book (TV版スケッチのパロディー本。タイトルと違い青い表紙。1971年)
- The Brand New Monty Python Bok (第2作。表紙に黒い指紋が印刷されている。1973年)
- Monty Python's Flying Circus - Jast The Words (TVシリーズ全45話の台本。1989年)
[編集] 関連書籍
- 『モンティ・パイソン大全』須田泰成著 洋泉社 1999年1月
- 『モンティ・パイソン・スピークス!』デビット・モーガン著,須田泰成訳 イースト・プレス 2003年8月
- 『モンティ・パイソン正伝』グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリン、エリック・アイドル、テリー・ギリアム、ボブ・マッケイブ著、奥山晶子訳 白夜書房 2005年10月
- 『モンティ・パイソン研究入門』マーシア・ランディ著,奥山晶子訳 白夜書房 2006年4月
- 『空飛ぶモンティ・パイソン 第①シリーズ』グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ギリアム、エリック・アイドル、テリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリン著、須田泰成監修、高野由美訳 イースト・プレス 2008年2月
- 『モンティ・パイソン 関西風味スケッチ集』text by 東野ひろあき,監修 須田泰成 プリズムギフト 2010年10月
[編集] 関連項目
- Python(プログラミング言語)
- スパム(食品(缶詰)と迷惑メールの二通りの意味がある)
- ハッカー文化(そのクレバーさは、今日でもハッカー達により支持されている)
- ジョン・フィリップ・スーザ(オープニング曲として「自由の鐘」が使われた)
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