モロッコ (映画)
| モロッコ | |
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| Morocco | |
本作予告篇
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| 監督 | ジョセフ・フォン・スタンバーグ |
| 脚本 | ジュールス・ファースマン |
| 原作 | ベノ・ヴィグニー |
| 製作 | ヘクター・ターンブル |
| 出演者 | マレーネ・ディートリッヒ ゲイリー・クーパー |
| 音楽 | カール・ハヨス |
| 撮影 | リー・ガームス |
| 編集 | サム・ウィンストン |
| 製作会社 | パラマウント映画 |
| 配給 | パラマウント映画 |
| 公開 | |
| 上映時間 | 92分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 フランス語 スペイン語 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| AllRovi | |
| IMDb | |
『モロッコ』(英語: Morocco, 北アフリカの国名)は、1930年(昭和5年)製作・公開、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督のアメリカ映画、トーキーである。ベノ・ヴィグニーの舞台劇『Amy Jolly』が原作。日本では、初めて日本語字幕が付されたトーキー作品としても知られている[1]。
目次 |
[編集] 略歴・概要
1930年(昭和5年)、パラマウント映画が製作し、撮影は同年7月15日クランクイン、同年8月18日にクランクアップした。同年12月6日には同社の配給で、米国内で公開された。第4回アカデミー賞で監督賞にスタンバーグが、女優賞にマレーネ・ディートリッヒが、美術賞にハンス・ドライヤーが、撮影賞にリー・ガームスがそれぞれノミネートされたが、いずれも受賞は逃した[2]。
日本では、1931年(昭和6年)2月25日、同社の駐日オフィスが配給し、東京・有楽町の邦楽座(のちの丸の内松竹)をはじめとする松竹系の劇場で公開された[3]が、本作の公開に当たり、台詞を日本語に翻訳し、スーパーインポーズでプリントに焼き付ける方式を日本で初めて採用した[1]。田村幸彦が研究し、縦書き、1巻あたり30枚平均のタイトル原稿、というスタイルが編み出された[4]。
当時の日本の興行界はサイレント映画が中心であり、全国の映画館には楽隊と活動弁士が常駐していた。トーキーのアメリカ映画を上映する際には、台詞を追いかけて弁士が日本語で解説したり、サウンドトラックをカットして音声を流さずに弁士が解説したり、吹き替え版を作成したりと苦心がなされていた[5]。日本語字幕が付されたことで、本作の上映に関しては、弁士が不要となってしまい、配給元のパラマウント映画に抗議が行われた[6]。結果的にはこの方式が現在に至る主流となっている[6]。
本作は1992年(平成4年)、アメリカ国立フィルム登録簿に登録された[7]。
[編集] スタッフ・作品データ
- 製作 : ヘクター・ターンブル (ノンクレジット)[8]
- 監督 : ジョセフ・フォン・スタンバーグ
- 原作 : ベノ・ヴィグニー 戯曲『エーミー・ジョリイ』[9]
- 脚本 : ジュールス・ファースマン
- 撮影監督 : リー・ガームス
- 美術 : ハンス・ドライヤー
- 編集 : サム・ウィンストン (ノンクレジット)[8]
- B班監督 : ヘンリー・ハサウェイ (ノンクレジット)[8]
- 音楽 : カール・ハヨス (ノンクレジット)[8]
- 製作 :
パラマウント映画 - 上映時間 : 92分[8]
- フォーマット : 白黒映画 - スタンダード・サイズ(1.37:1) - モノラル録音
- 公開日 :
アメリカ合衆国 1930年12月6日 /
日本 1931年2月25日[9] - 配給 :
パラマウント映画 /
パラマウント映画 - 日本語版字幕 : 田村幸彦[9]
- 日本初回興行 : 有楽町・邦楽座
[編集] キャスト
- マレーネ・ディートリッヒ - アミー・ジョリー
- ゲイリー・クーパー - トム・ブラウン
- アドルフ・マンジュー - ベシエール
- ウルリッヒ・ハウプト - セザール副官
- イヴ・サザーン - セザール夫人
[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
外人部隊に属するトム・ブラウン(ゲイリー・クーパー)は女たらしで有名である。次々に女を変えていたトムだが、ある日駐在しているモロッコの酒場で、アミー・ジョリー(マレーネ・ディートリッヒ)という名の歌手に出会い、恋に落ちる。
しかし、セザール副官(ウルリッヒ・ハウプト)が妻(イヴ・サザーン)とトムの関係を知ったことから懲罰の意味でトムは最前線に送られることになる。別れを告げるためにアミーの前に現れたトムだったが、金持ちのベシエール(アドルフ・マンジュー)が彼女に求婚していることを知り、彼女の幸せのためにとその場を後にする。
ベシエールと婚約することになったアミーだったが、トムが負傷したと聞くと、ベシエールにせがんで急いでトムが入院している病院に向かう。しかし、トムは怪我をしたふりをしていただけだった。アミーはトムと再会するが、トムは再び戦地に赴くことになっていた。
アミーはトムの部隊を見送る。しかし、部隊に付き従って行く女たちの姿を見たアミーはベシエールに別れを告げ、自分もその女たちとともにトムを追いかける。
[編集] 主な受賞歴
[編集] アカデミー賞
[編集] 註
- ^ a b 『日本映画発達史 2 無声からトーキーへ』、田中純一郎、中公文庫、1976年 ISBN 4122002966., p.215.
- ^ “Morocco - Cast, Crew, Director and Awards” (英語). ニューヨーク・タイムズ. 2011年11月29日閲覧。
- ^ 『日本映画発達史 2』、p.219.
- ^ 『日本映画発達史 2』、p.217.
- ^ 『日本映画発達史 2』、p.216-217.
- ^ a b 『日本映画発達史 2』、p.217-219.
- ^ “アメリカ国立フィルム登録簿 1992年”. allcinema. 2011年11月29日閲覧。
- ^ a b c d e “Morocco (1930) - Full cast and crew” (英語). IMDb. 2011年11月29日閲覧。
- ^ a b c “「作品情報」モロッコ”. キネマ旬報映画データベース. 2011年11月29日閲覧。
[編集] 関連項目
- セルロイド・クローゼット The Celluloid Closet (1995)
[編集] 外部リンク
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