モブージュ
| Maubeuge | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | ノール=パ・ド・カレー地域圏 |
| 県(département) | ノール県 |
| 郡(arrondissement) | アヴェーヌ=シュル=エルプ郡 |
| 小郡(canton) | 2小郡庁所在地 |
| INSEEコード | 59392 |
| 郵便番号 | 59600 |
| 市長(任期) | レミ・ポヴロ (2008年-2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Agglomération Maubeuge Val de Sambre |
| 人口動態 | |
| 人口 | 31 970人 (2009年[1]) |
| 人口密度 | 1 734.7人/km² |
| 住民の呼称 | Maubeugeoises, Maubeugeois |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯50度16分39秒 東経3度58分24秒 / 北緯50.2775度 東経03.9734度座標: 北緯50度16分39秒 東経3度58分24秒 / 北緯50.2775度 東経03.9734度 |
| 標高 | 平均:m 最低:122m 最高:167 m |
| 面積 | 18.85km² (1885ha) |
| 公式サイト | http://www.ville-maubeuge.fr |
モブージュ (Maubeuge)は、フランス、ノール=パ・ド・カレー地域圏、ノール県のコミューン。
目次 |
地理 [編集]
県南東部、エノーのコンテに位置する。ヴァランシエンヌの南東、シャルルロワ、リエージュの北東にある。サンブル川が流れる。ベルギー国境はまちの北約7km地点である。ボリナージュ炭田に近接する。最寄の大都市はベルギーのモンスである。
交通 [編集]
- 道路 - 国道49号線、2号線。
- 鉄道 - TERノール=パ・ド・カレー線、モブージュ駅
他に市バス、サンブル川運河がある。
歴史 [編集]
最初に地名が登場するのは256年頃、フランク族がサンブル川とムーズ川の谷へ侵入したときである。彼らはBodenと呼ばれる場所にMahalという毎年行われる陪審裁判所を維持し、最終的にはMalbodenという名の集会に機能を渡した。モブージュという古名の仮説は、中世のMalbodiumという名称からきている。これは661年頃にモブージュに修道院を建てた聖アルドゴンドに由来する[2]。
エノー伯、ブルゴーニュ公、ハプスブルク家の支配に置かれたのち、モブージュがフランス王国に併合されたのは1678年のナイメーヘンの和約によってであった。1679年、ルイ14世はヴォーバンに命じて城塞をつくらせた。この事業のため、周辺地域やイタリアから労働者8000人が集められ、8年で城壁と、往来可能な2つの門が完成した。
17世紀のモブージュは穏やかな時代をすごすが、フランス革命戦争とナポレオン戦争でその平穏は破られた。1793年、フリードリヒ・ヨジアス・フォン・ザクセン=コーブルク=ザールフェルトが指揮するオーストリア軍がモブージュを攻撃した。1813年にナポレオン軍がライプツィヒで敗退すると、大同盟軍がフランスへ侵攻、ザクセン=ヴァイマル公軍の攻撃を受けたモブージュ城塞は1814年に包囲戦に勝利している。百日天下の際、ナポレオン軍はモブージュ近郊でワーテルローの戦いに備えて陣を張っていた。ワーテルロー後、モブージュはプロイセン軍に占領され、以降3年間プロイセン軍とロシア軍が駐留した。
産業革命が始まると、シャルルロワで採れる石炭を運ぶサンブル川運河沿いは発展する。1837年以降、高炉や圧延機が川の近くに設置された。1853年、パリ-シャルルロワ間の鉄道路線が開通。ロレーヌとヴァランシエンヌで採れる鉄鉱石によって、間違いなくサンブル川流域の経済が強化された。
1940年5月、侵攻してきたドイツ軍は焼夷弾でモブージュの旧市街を焼いた。モブージュ市街の90%が失われた。
人口統計 [編集]
| 1962年 | 1968年 | 1975年 | 1982年 | 1990年 | 1999年 | 2006年 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 27 214 | 32 028 | 35 399 | 36 061 | 34 989 | 33 561 | 32 699 |
参照元:1968年以降Insee[3] · [4] · [5]
姉妹都市 [編集]
出身者 [編集]
脚注 [編集]
- ^ Populations légales 2009 de la commune Maubeuge sur le site de l'INSEE
- ^ Une autre alternative, formulée plus récemment, évoque le ruisseau de la Pisselotte, qui se jette dans la Sambre, dont le premier nom aurait été Maubiguel.
- ^ Évolution et structure de la population (de 1968 à 2007) sur Insee. Consulté le 30 juillet 2010
- ^ Recensement de la population au 1er janvier 2006 sur Insee. Consulté le 30 juillet 2010
- ^ Recensement de la population au 1er janvier 2009 sur Insee. Consulté le 7 janvier 2012