モナド (圏論)

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数学の一分野である圏論において、モナド英語: monad)とは、モノイドに似た構造を備えた自己関手である。モナドは半順序集合上の閉包作用素の一般化や、双圏英語: bicategory上のモノイドに似た構造として捉えられ、随伴関手(または随伴1-セル)と強い関係を持つ。双対概念はコモナド英語版である。

歴史的に、この構造は「双対標準構成: dual standard construction)」「トリプル: triple)」「モノイド: monoid)」「トライアド: triad)」と様々な呼称で呼ばれており、これについてソーンダース・マックレーンは『圏論の基礎』の中で「不幸にも「トリプル」という語がこの意味でしばしば用いられたことが無用な混乱を拡大した」と記している[1]。「モナド」という語彙はライプニッツモナド (哲学) を参照)からの借用であるが、これを誰が名付けたかは定かではない。少なくともジャン・ベナブー英語: Jean Bénabouの1967年の論文に使用例が存在[2]しており、1969年ごろの段階ではマックレーンもまだ呼称を決定していなかったことをロス・ストリート英語: Ross Streetが明かしている[3]

定義[編集]

が圏のとき、上のモナドは関手 と2つの自然変換 ( 上の恒等関手) と ( は関手 ) から成り、これらは以下の条件をみたす(en:coherence_conditions と呼ばれることもある):

  • (自然変換 として)
  • (自然 として。ここで 上の恒等変換である)

これらの条件は以下の可換図式によって書き直すことができる:

という表記を展開し以下の可換図式で表すと以下のようになる:

自己関手の圏上のモノイドとして[編集]

上の自己関手(C から C への関手)を対象として、それらの間の自然変換を射とする圏を で表す。このとき、自己関手の合成演算 モノイダル圏の構造を与える。 において 上のモナド は、 の対象 と射 , の組であって、

(ここで・は の射の合成を表す)を満たすものと書ける。すなわち、これは のモノイド (Monoid (category theory)である[4]

具体例[編集]

閉包作用素[編集]

完備束 L 上の写像 c: LL が以下の条件を満たすとき、c閉包作用素英語版と言う[5]

  1. xy ならば c(x) ≦ c(y)
  2. xc(x)
  3. c(c(x)) = c(x)

L と順序関係 ≦ のなす構造を圏とみなしたとき、条件1と順序関係の性質から c を関手と思うことができる。さらに、順序集合を圏とみなしたとき、各対象の間の射は高々1つである。このことと条件2,3を用いると、cL 上のモナドである条件を満たす。半順序上のモナドが閉包作用素であることは Mac Lane (1978, p. 139) でも示されている。

自由モノイド[編集]

集合の圏 Set 上の関手 T: SetSet

で定める。すなわち、TAA の要素の有限長のリスト [a1, a2, ..., an]すべてからなる集合である。このとき、ηA: ATAa ↦ [a] として、μA: T 2ATA をリストの結合で定めると、TSet 上のモナドとなる。これを自由モノイドモナド、あるいはリストモナドと呼ぶ[6]

モナドと随伴関手[編集]

関手 は随伴、すなわち自然な同型 が存在するとき、関手 はモナドとなる。ここでモナドを構成する ηx: xGFx は随伴の単位射、μx: GFGFxGFx は随伴の余単位 εy: FGyy を用いて Fx で定まる[7]

随伴関手はモナドを伴う一方、全てのモナドは随伴関手の合成として表すことができる。圏 上のモナド に伴う特別な随伴として、アイレンベルグ-ムーア圏英語版クライスリ圏 への随伴が知られている。

アイレンベルグ-ムーア圏[編集]

上のモナド に対して、 の対象 A と射 α: TAA の組をT-代数という。また、T-代数 (A, α)(B, β) の間のモルフィズム f: (A, α) → (B, β) を、 を満たす の射 f: AB で定める。Tアイレンベルグ-ムーア圏 とは、T-代数とその間のモルフィズムからなる圏である。

T-代数の圏に対して、随伴となる関手 は次のように定められる:

  • ,
  • ,

定義から であり、従って に伴うモナドである[8]

アイレンベルグ-ムーア圏とそれに伴う随伴は、任意の随伴 に対して を満たす関手 がただ1つ存在するという性質を持つ[9]

クライスリ圏[編集]

上のモナド に対して、Tクライスリ圏 と同一の対象を持ち、 によって定まる射を持つ圏である。このとき、 における射の合成は、 に対して で定まる。また、恒等射は となる。

クライスリ圏 に対して、随伴となる関手 は次のように定められる:

  • ,
  • ,

定義から であり、従って に伴うモナドである[10][11]

クライスリ圏とそれに伴う随伴は、任意の随伴 に対して を満たす関手 がただ1つ存在するという性質を持つ[12]

モナドのための代数[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Mac Lane 2012, p. 184.
  2. ^ Bénabou, Jean (1967). Bénabou, J.; Davis, R.; Dold, A. et al.. eds. “Introduction to bicategories” (英語). Reports of the Midwest Category Seminar (Berlin, Heidelberg: Springer): 1–77. doi:10.1007/BFb0074299. ISBN 978-3-540-35545-8. https://link.springer.com/chapter/10.1007/BFb0074299. 
  3. ^ RE: Monads”. gmane. 2015年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年3月26日閲覧。
  4. ^ Riehl 2016, p. 154.
  5. ^ Ward, Morgan (1942). “The Closure Operators of a Lattice”. Annals of Mathematics 43 (2): 191–196. doi:10.2307/1968865. ISSN 0003-486X. https://www.jstor.org/stable/1968865. 
  6. ^ Riehl 2016, p. 156.
  7. ^ Mac Lane 2012, p. 185.
  8. ^ Mac Lane 2012, pp. 186–188.
  9. ^ Eilenberg, Samuel; Moore, John C. (1965-09-01). “Adjoint functors and triples”. Illinois Journal of Mathematics 9 (3). doi:10.1215/ijm/1256068141. ISSN 0019-2082. https://projecteuclid.org/journals/illinois-journal-of-mathematics/volume-9/issue-3/Adjoint-functors-and-triples/10.1215/ijm/1256068141.full. 
  10. ^ Mac Lane 2012, pp. 196–197.
  11. ^ Kleisli, H. (1965). “Every Standard Construction is Induced by a Pair of Adjoint Functors”. Proceedings of the American Mathematical Society 16 (3): 544–546. doi:10.2307/2034693. ISSN 0002-9939. https://www.jstor.org/stable/2034693. 
  12. ^ Mac Lane 2012, p. 198.

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]