モイセス・ウルタード
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Moisés Hurtado Pérez | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1981年2月20日(32歳) | |||||
| 出身地 | カタルーニャ州, バルセロナ県, サバデイ | |||||
| 身長 | 185cm | |||||
| 体重 | 76kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 背番号 | 23 | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 1997-1998 2009 |
U-16スペイン |
2 (0) 1 (1) |
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| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
モイセス・ウルタード(Moisés Hurtado Pérez, 1981年2月20日 - )は、スペイン・サバデイ出身のサッカー選手。グラナダCF所属。ポジションはMF(センターハーフ)。
目次 |
経歴[編集]
RCDエスパニョールの下部組織出身。2001-02シーズンの最終戦でトップデビューしたが、その後もしばらくはBチームでプレーした。2004-05シーズンはセグンダ・ディビシオンのSDエイバルにレンタル移籍し、2005年夏にエスパニョールに復帰してからは2009年までの3年半の契約を結びなおした。2005-06シーズンはリーグ戦14試合に出場し、UEFAカップのUSチッタ・ディ・パレルモ戦ではゴールを決めた[1]。
2006-07シーズンの開幕戦、セルタ・デ・ビーゴ戦でプリメーラ初得点を決めた。そのシーズン、ウルタードは12枚のイエローカードを受けた。UEFAカップでは準決勝のヴェルダー・ブレーメン戦ファーストレグで先制点となるヘディングシュートを決めた[2]。2試合合計5-1で決勝に進出し、スコットランドのハムデン・パークで行われた試合に臨んだ。惜しいミドルシュートを放つなどしたが、68分にアレクサンドル・ケルジャコフへのファウルで2枚目のイエローカードを受け、退場処分となった[3]。エスパニョールは延長戦・PK戦の末にセビージャに敗れた。2007-08シーズンは34試合に出場したが、前シーズン同様に12枚のイエローカードを受け、2008-09シーズンも同じ枚数のイエローカードを受けた。
2010年8月下旬、RCDエスパニョール時代の恩師エルネスト・バルベルデ監督が率いるギリシャ・スーパーリーグのオリンピアコスFCと3年契約を結んだ[4]。2010-11シーズンはリーグ戦18試合に出場し、クラブはスーパーリーグ優勝を果たした。
所属クラブ[編集]
- 2005-2010
RCDエスパニョール - 2010-2011
オリンピアコスFC - 2011-
グラナダCF
タイトル[編集]
- RCDエスパニョール
- オリンピアコスFC
- ギリシャ・スーパーリーグ 優勝 : 2010-11
脚注[編集]
- ^ “エスパニョール、ウルタドと新契約”. UEFA.com (2006年2月2日). 2009年8月26日閲覧。
- ^ “エスパニョール完勝で決勝進出に王手”. UEFA.com (2007年4月26日). 2009年8月26日閲覧。
- ^ “セビージャ、PK戦を制して連覇”. UEFA.com (2007年5月16日). 2009年8月26日閲覧。
- ^ “Hurtado signs for Olympiakos”. FIFA.com (2010年8月25日). 2012年1月14日閲覧。
- ^ “A・マドリードのジエゴ獲得など、多くのクラブが移籍市場最終日の重要補強に成功”. WOWOWリーガニュース. (2011年9月1日) 2011年9月2日閲覧。
外部リンク[編集]
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