メルボルンの悲劇

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1998 FIFAワールドカップ予選
(AFCOFCプレーオフ)
大会名 1998 FIFAワールドカップ・予選
合計3–3でアウェーゴールによりイランが勝利
第1戦
開催日 1997年11月22日
会場 アザディ・スタジアム(テヘラン)
主審 ピエルルイジ・パイレット (イタリア)
観客数 128,000
第2戦
開催日 1997年11月29日
会場 MCG, メルボルン
主審 プル・シャーンドル (ハンガリー)
観客数 85,022

メルボルンの悲劇(メルボルンのひげき)とは、世界で最後(32番目)のFIFAワールドカップフランス大会出場権を賭けた大陸間プレーオフで、オーストラリア代表イラン代表と2戦とも引き分けたにもかかわらずアウェイゴール数の差で敗退し出場を逃したが、そのうちの1失点が誤審であった事もあり、この件を指す通称。

プレーオフまでの両国[編集]

前回大会の大陸間プレーオフでは、オセアニア地区のオーストラリアと南米地区のアルゼンチンが対戦し、アルゼンチンが本大会出場権を勝ち取った。今回はオセアニア地区の対戦相手がアジア地区4位チームに変更された。オーストラリアはオセアニア地区予選(2次・3次)を早々と7月に6戦全勝で終え、長年の鬼門である大陸間プレーオフの相手が決まるのを待つばかりであった。

一方、イランはアジア地区予選A組で2位となり、B組2位の日本とアジア3番目の出場国をかけて対戦。1997年11月16日アジア地区第3代表決定戦において2 - 3で敗れたことによりアジア4位となり、オセアニア1位のオーストラリアと大陸間プレーオフで最後の出場権を争うことが決定した。

この大陸間プレーオフではホーム&アウェー2試合を戦って勝った方が残った最後の出場枠を得ることになっていた。単純に準備期間の長さだけ見れば、イランは第3代表決定戦を延長後半まで戦ってから僅か6日後、マレーシアからイランへの移動も挟んだことに対し、4ヶ月のアドバンテージを得ているオーストラリアが有利と思われた。が、裏を返せば真剣勝負から遠ざかっていた期間が長かったわけでもあり、一概にイランが不利とも言えなかった。

経過[編集]

AFC-OFC大陸間プレーオフ(第1戦)

まず1997年11月22日にイランのテヘランで行われた第1戦はハリー・キューウェルのゴールでオーストラリアが先制するも、コダダド・アジジのゴールでイランが追いつき、1 - 1 で引き分ける。


1997年11月22日

イラン イランの旗 1 - 1 オーストラリアの旗 オーストラリア アザディ・スタジアムテヘラン
アジジ 39分にゴール 39分 キューウェル 19分にゴール 19分

AFC-OFC大陸間プレーオフ(第2戦)

1週間後の1997年11月29日にオーストラリアのメルボルンで行われた第2戦、オーストラリアは32分にキューウェルが先制点を挙げ、48分にアウレリオ・ヴィドマーの追加点で 2 - 0 とイランを突き放した。しかし、ここからイランの猛追を受ける。71分にカリム・バゲリ、75分にアジジが続けざまにゴールを奪い同点に追いつくと、そのまま2 - 2の引分けに終わった。


1997年11月29日

オーストラリア オーストラリアの旗 2 - 2 イランの旗 イラン メルボルン・クリケット・グラウンドメルボルン
キューウェル 32分にゴール 32分
A・ヴィドマー 48分にゴール 48分
バゲリ 71分にゴール 71分
アジジ 75分にゴール 75分

両国とも2試合のトータルスコアは3-3 、得失点差±0で並んだが、アウェイゴールルールによりオーストラリアのアウェイゴール数1点に対し、アウェイゴール数2点とイランの方が上回ったため、イランが2度目のワールドカップ出場を決めた。オーストラリアはオセアニア地区予選・大陸間プレーオフを通じて全8試合中「6勝0敗2分」と無敗のままワールドカップ出場権を逃すこととなった。また、第2戦のバゲリのゴールの際、明らかにオフサイドポジションに倒れていたアジジがボールを繋ぎ生まれたゴールである事も、オーストラリア代表にとっての悲劇感を助長した。

その後[編集]

1998年のフランスワールドカップに出場したイランはアメリカ相手にワールドカップ初勝利を挙げている。

2002年の日本/韓国大会予選でも、両者はともに大陸間プレーオフに進出した。しかしイランはアイルランドに、オーストラリアは南米の古豪ウルグアイに、どちらも1勝1敗ながら得失点差で敗れ、両者とも大陸間プレーオフで敗れ去った。

2006年のドイツ大会予選の大陸間プレーオフでは、オーストラリアはフース・ヒディンク監督を擁し再びウルグアイと対戦。初戦アウェーを0-1で落とすが、第2戦のホームを 1 - 0 で勝ち、合計 1 - 1 とした。延長戦でも決着が付かず、(大陸間プレーオフ初の)PK戦の末(4-2)勝利。ヒディンク監督の采配もあり、4年前の雪辱を果たして8大会ぶり2度目のワールドカップ出場を決めた。本大会では初戦で日本に3-1で勝利し、1勝1敗1分とグループ2位で本大会グループリーグを突破しベスト16に進出した。決勝トーナメント1回戦では、この大会で優勝することになるイタリアと対戦。後半ロスタイムに与えたPKを、トッティに決められ0-1で敗れた。イランも出場したが勝利は挙げられなかった。

これまで幾度も大陸間プレーオフでワールドカップ出場を阻まれてきたオーストラリア代表は、オセアニアサッカー連盟を脱退してアジアサッカー連盟へ加入。2010年の南アフリカ大会予選からはアジア地区予選へ参加している。同大会予選では、オーストラリアはアジア最終予選を5チーム中1位で終え出場権を得た一方、イランは5チーム中4位で終え予選敗退となっている。

関連項目[編集]