メリディアニ平原
メリディアニ平原( - へいげん)は、火星の赤道直下の南緯2.2度、西経1.3度に広がる広大な台地である。メリディアニ平原には過去の時期に液体の水が存在したことを示唆する赤鉄鉱が豊富に分布しているほか、かつて湖底であったことを思わせる物質で構成された、厚さおよそ200メートルの堆積層が見られる。また、メリディアニ平原には火山性の玄武岩や衝突クレーターが数多く見られる。
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名前の由来 [編集]
1830年代初頭、ドイツの天文学者ヨハン・ハインリッヒ・メドラーとヴィルヘルム・ベーアは、世界最初の実用的な火星の地図を製作した。その際、ベーアとメドラーは地図上の特に目立った地形に対して火星の標準子午線を引いた。1877年にイタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリが火星の地図を製作する際にもメドラーとベーアの選択した地形に標準子午線が引かれたため、その後もこの地形に標準子午線が引かれることとなった。そのため、この地形は後に「サイナス・メリディアニ(Sinus Meridiani, 子午線の湾)」と呼ばれるようになった。その後、2004年にアメリカ航空宇宙局が火星探査機オポチュニティを着陸させ、「メリディアニ平原」いう名で呼んだことから、この名が定着した。
火星探査車オポチュニティ [編集]
メリディアニ平原は、2001年にマーズ・サーベイヤー2001の着陸地点として候補に挙げられたが、火星周回探査機マーズ・クライメイト・オービターの軌道投入失敗および火星着陸探査機マーズ・ポーラー・ランダーの降下失敗によって、計画は中止になった。
2004年、メリディアニ平原はアメリカ航空宇宙局のマーズ・エクスプロレーション・ローバー「オポチュニティ」の着陸地点として再び候補に挙げられ、オポチュニティはイーグルへの着陸に成功した。そしてオポチュニティの予備調査により、かつてメリディアニ平原は、塩分を多量に含んだ酸性度の高い液体の水によって、長期間にわたって覆われていたことが示された。また、斜層理の構造をもつ堆積物や、多数の細かな球状の石、空洞のある岩石、大量の硫酸マグネシウムやその他の硫酸塩などの豊富な鉱物の存在も確認された。硫酸マグネシウム11水和物の組成を持つ、メリディアニ平原の名前に由来するメリディアニ石は、地球においてカナダの氷床で発見された鉱物で、オポチュニティの土壌分析でその存在が疑われていることに由来する。
2005年1月にオポチュニティは、くぼみのある、玉石のような金属物質を発見した。ヒート・シールド岩と名づけられたこの物質は、スペクトル分析によって鉄とニッケルを含む隕石であることが示された。
メリディアニ平原のクレーター [編集]
外部リンク [編集]
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