メジロファントム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
メジロファントム
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1975年5月1日
死没 2004年12月11日(29歳没)
ロンバード
メジロハリマ
生国 日本北海道浦河町
生産 吉田堅
馬主 北野俊雄
調教師 大久保洋吉美浦
競走成績
生涯成績 44戦5勝
獲得賞金 2億8512万4800円
テンプレートを表示

メジロファントムは、日本競走馬である。 1970年代末期から80年代初頭の競馬シーンにおいて名脇役として活躍し、現役引退後も東京競馬場誘導馬として活躍を続けファンから愛された。半弟のメジロジュピターは中山大障害(春)を、半妹メジロハイネもセントライト記念中山牝馬ステークスに勝つ活躍をしている。

主戦騎手はデビュー以来大久保洋吉厩舎所属の宮田仁が務めていたが、後にはメジロの主戦ジョッキー横山富雄が担当、横山の病気療養により1982年以降は的場均が騎乗した。

目次

[編集] 愛称の由来

1975年生まれの「メジロ」の馬には航空機の愛称が命名されており、ファントムは当時の西側諸国が多く採用していた戦闘機F-4の愛称[1]。phantomは英語で「幽霊」の意味を持っていた事から「オバケ戦闘機」・「幽霊戦闘機」のニックネームとなった。

[編集] 戦績

1977年12月4日にデビューを果たしたメジロファントムは、緒戦こそ7着に終わったものの、次走を10馬身差で圧勝。年が明けて京成杯に出走すると直線後方より鋭く追い込み、当時関東一番手と目されていたタケデンにハナ差の2着、サクラショウリをハナ差3着、ファンタストを4着に下し、一躍クラシック戦線の主役の一頭に躍り出た。しかし次走の東京4歳ステークスでは1番人気となったがサクラショウリ、ファンタストのアタマ差の接戦から遅れて4着、弥生賞でも両馬に続く3着(1着:ファンタスト)と勝ち切れないレースが続き、クラシックを前に右トウ骨を骨折して8ヶ月半の休養に入ってしまった。秋に条件特別で復帰すると楽勝し、推薦により有馬記念に初挑戦したが15頭立ての14番人気で13着と惨敗した。

1979年金杯(東)シービークロスの2着すると、次走の東京新聞杯で初重賞勝ちを収める。しかしその後中山記念ダイヤモンドステークスは2、1番人気で5、6着となり天皇賞(春)は回避[2]京王杯スプリングハンデで勝利を期したがこちらでも1番人気で3着と敗れた。横山騎手に乗り替わった宝塚記念でも後方から直線追い込んだものの5着に終わる。 秋シーズンは9月の条件特別勝利後、目黒記念(秋)で4着、初挑戦となった天皇賞(秋)では、最後の直線で郷原洋行鞍上のスリージャイアンツと併せ馬の形となったのも裏目となりハナ差惜敗。次走の有馬記念でも、カネミノブを駆り連覇を狙った加賀武見にインターフェアでは無いかと訴えられる程のアグレッシブな騎乗も、これが引退レースのグリーングラスには通じず、再びハナ差惜敗に終わった。

右後肢管骨骨折による長期休養から復帰した1980年も、天皇賞(秋)はプリテイキャストの大逃げに不覚を取り、カツラノハイセイコホウヨウボーイらには先着したものの7馬身差の2着。更に、1番人気での出走となった有馬記念では、失速したプリテイキャストの鞭が見せ鞭となるアクシデントによりホウヨウボーイの4着敗退に終わった。

その後も現役生活を続けたものの、1982年の目黒記念(秋)以外に勝ち鞍を収める事が出来ず、1983年宝塚記念を最後に現役生活に別れを告げる事となった。

なお、有馬記念には5年連続出走しており、コスモバルク2009年に6年連続出走するまではスピードシンボリナイスネイチャと共に最多連続出走記録だった。

[編集] 競走成績

年月日 競馬場 競走名

人気 着順 騎手 斤量 距離 タイム 着差 勝ち馬/(2着馬)
1977 12. 4 中山 3歳新馬 17 9 4人 7着 宮田仁 53 芝1200m(良) 1.13.9 -0.5秒 ベニバナビゼン
12. 18 中山 3歳新馬 13 5 3人 1着 宮田仁 53 芝1600m(良) 1.37.4 10馬身 (スカイフレンド)
1978 1. 15 東京 京成杯 7 5 5人 2着 宮田仁 54 芝1600m(良) 1.37.1 -0.0秒 タケデン
2. 12 東京 東京4歳S 6 2 1人 4着 宮田仁 55 芝1800m(稍) 1.51.2 -0.8秒 サクラショウリ
3. 5 中山 弥生賞 7 5 5人 3着 宮田仁 55 芝1800m(稍) 1.52.0 -0.3秒 ファンタスト
11. 25 東京 白富士賞 13 4 1人 1着 宮田仁 54 芝1600m(良) 1.36.5 2 1/2馬身 (ヒロオチカラ)
12. 17 中山 有馬記念 15 2 14人 13着 宮田仁 54 芝2500m(良) 2.34.7 -1.3秒 カネミノブ
1979 1. 5 東京 金杯(東) 16 6 4人 2着 宮田仁 54 芝2000m(良) 2.00.7 -0.1秒 シービークロス
2. 2 中山 東京新聞杯 18 10 2人 1着 宮田仁 55 芝2000m(重) 2.06.6 3/4馬身 ニッショウキング
3. 11 中山 中山記念 14 2 12人 5着 宮田仁 55 芝1800m(良) 1.49.8 -0.5秒 カネミカサ
4. 1 中山 ダイヤモンドS 7 3 1人 6着 宮田仁 56 芝3200m(良) 3.21.5 -0.3秒 スリージャイアンツ
4. 22 東京 京王杯スプリングH 9 3 1人 3着 宮田仁 57 芝1800m(良) 1.48.0 -0.1秒 ゴールデンボート
6. 3 阪神 宝塚記念 13 4 8人 5着 横山富雄 55 芝2200m(良) 2.12.8 -0.4秒 サクラショウリ
6. 24 阪神 高松宮杯 9 7 2人 3着 横山富雄 56 芝2000m(良) 2.00.2 -0.4秒 ネーハイジェット
8. 5 函館 巴賞 9 2 1人 5着 横山富雄 56 芝1800m(重) 1.51.5 -0.5秒 インターチャイム
8. 19 函館 函館記念 11 3 2人 4着 横山富雄 57 芝2000m(良) 2.00.3 -1.3秒 エンペラーエース
9. 29 東京 サファイヤS 13 6 1人 1着 横山富雄 56 芝2000m(不) 2.03.8 -0.2秒 ミスカブラヤ
11. 4 東京 目黒記念(秋) 10 10 3人 4着 横山富雄 57 芝2500m(稍) 2.33.0 -0.3秒 シービークロス
11. 25 東京 天皇賞(秋) 13 3 8人 2着 横山富雄 58 芝3200m(不) 3.33.5 -0.0秒 スリージャイアンツ
12. 16 中山 有馬記念 16 12 6人 2着 横山富雄 56 芝2500m(良) 2.35.4 -0.0秒 グリーングラス
1980 9. 21 東京 毎日王冠 11 1 1人 6着 横山富雄 56 芝2000m(重) 2.02.5 -1.0秒 カネミノブ
10. 25 東京 オープン 5 5 2人 3着 横山富雄 57 芝1800m(不) 1.54.6 -0.9秒 スイートネイティブ
11. 23 東京 天皇賞(秋) 11 2 4人 2着 横山富雄 58 芝3200m(重) 3.29.2 -1.1秒 プリテイキャスト
12. 21 中山 有馬記念 12 1 1人 4着 横山富雄 56 芝2500m(良) 2.34.2 -0.5秒 ホウヨウボーイ
1981 1. 18 中山 AJCC 10 8 2人 3着 横山富雄 57 芝2500m(良) 2.38.1 -1.2秒 ホウヨウボーイ
2. 25 東京 目黒記念(春) 14 10 1人 9着 横山富雄 59 芝2500m(良) 2.35.4 -1.2秒 キタノリキオー
4. 4 阪神 サンケイ大阪杯 8 5 5人 4着 横山富雄 57 芝2000m(不) 2.7.4 -1.9秒 サンシードール
4. 29 京都 天皇賞(春) 14 9 5人 3着 横山富雄 58 芝3200m(良) 3.21.5 -0.9秒 カツラノハイセイコ
6. 7 阪神 宝塚記念 13 4 4人 3着 横山富雄 56 芝2200m(良) 2.14.4 -0.3秒 カツアール
6. 28 中京 高松宮杯 10 10 2人 5着 河内洋 57 芝2000m(良) 2.04.0 -2.2秒 ハギノトップレディ
10. 4 東京 毎日王冠 16 4 5人 3着 横山富雄 57 芝2000m(良) 1.59.5 -0.1秒 ジュウジアロー
10. 25 東京 天皇賞(秋) 16 3 3人 7着 横山富雄 58 芝3200m(良) 3.20.1 -1.2秒 ホウヨウボーイ
11. 22 東京 ジャパンC 15 12 7人 11着 横山富雄 57 芝2400m(良) 2.27.1 -1.8秒 メアジードーツ
12. 20 中山 有馬記念 16 12 12人 10着 横山富雄 56 芝2500m(良) 2.37.6 -2.1秒 アンバーシャダイ
1982 9. 12 函館 UHB杯 12 4 7人 3着 的場均 57 芝1700m(稍) 1.43.5 -0.3秒 タケノダイヤ
10. 10 東京 毎日王冠 12 11 7人 8着 郷原洋行 59 芝2000m(稍) 2.02.6 -1.6秒 キョウエイプロミス
10. 31 東京 天皇賞(秋) 14 3 10人 6着 郷原洋行 58 芝3200m(稍) 3.18.7 -0.8秒 メジロティターン
11. 21 東京 目黒記念(秋) 13 10 4人 1着 的場均 58 芝2500m(良) 2.36.4 3/4馬身 スーパーサバンナ
12. 26 中山 有馬記念 15 15 11人 10着 的場均 56 芝2500m(重) 2.37.8 -1.1秒 ヒカリデユール
1983 1. 14 中山 AJCC 14 10 9人 3着 的場均 57 芝2500m(稍) 2.35.5 -0.1秒 アンバーシャダイ
2. 20 東京 目黒記念(春) 9 2 7人 7着 的場均 59 芝2500m(稍) 2.38.0 -0.4秒 トウショウゴッド
4. 3 阪神 サンケイ大阪杯 8 1 6人 5着 的場均 57 芝2000m(良) 2.03.6 -0.3秒 ヒカリデユール
4. 29 京都 天皇賞(秋) 15 12 9人 4着 的場均 58 芝3200m(良) 2.23.4 -1.1秒 アンバーシャダイ
6. 5 阪神 宝塚記念 13 2 7人 8着 的場均 56 芝2200m(良) 2.14.7 -2.6秒 ハギノカムイオー


※1 タイム欄のRはレコード勝ちを示す。

※2 太字の競走は八大競走

[編集] 引退後

現役引退後は種牡馬試験を受けたものの、精虫数の不足が判明して種牡馬になれず、JRAに寄贈されて東京競馬場において誘導馬の業務に従事する使役馬となった。

通常、誘導馬は芦毛尾花栗毛といった色彩の美しい馬が務めるものだが、ファントムは鹿毛ながらも風格ある姿勢で誘導馬を勤め上げ、競走馬時代の知名度もあって、東京競馬場の誘導馬の中でも有名であった。

1995年に高齢の為、自らも勝利経験のある目黒記念を最後に誘導馬を引退。当日は誘導馬であるにも関わらずパドックに横断幕も登場し、ファンは彼の「2回目の引退」を心から惜しんだ[3]

誘導馬を引退した後は功労馬として北海道で余生を過ごしていたが、2004年老衰の為29歳の長い生涯を閉じた。

[編集] 血統表

メジロファントム血統 リボー系/Nasrullah4×4=12.5%)

*ロンバード
Lombard 1968 鹿毛
Ragusa
1960 鹿毛
Ribot Terenani
Romanella
fanton Ambiorix
Red Eye
Midnight Chimes
1962 鹿毛
Princely Gift Nasrullah
Blue Gem
Golden Footprints Windsor Slipper
Probity

メジロハリマ
1967 栗毛
*ネヴァービート
Never Beat
1960 栃栗毛
Never Say Die Nasrullah
Singing Grass
Bride Elect Big Game
Netherton Maid
アサマユリ
1959 栗毛
ボストニアン Theft
神正
トモエ 月友
アスエ F-No.7-c

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 同期でメジロパーマーの父としても知られるメジロイーグルは、F-15戦闘機の愛称イーグルから採られている。
  2. ^ ダイヤモンドステークスでのレース振りから、当時は長距離の適性に疑問が持たれていた。
  3. ^ 競走馬としての引退式も東京競馬場で行っている。

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス